●『ほら、次はあそこだよ!』『わかっている。引っ張るな』
零牙は現代に目覚めてまだ日も浅く、これまでクリスマスについてほとんど知ろうとしていなかったし、自分とは無縁のものだと思っていた。そんな彼に初めてクリスマスという存在を知らしめたのは詩織であった。 「それはもったいないっ! ステキで楽しいイベントだよ、クリスマスはっ!」 詩織は零牙にもこの楽しさを共有して欲しいという感情のまま、気が付けば零牙の手を取り街中へと連れまわしていた。 クリスマスで賑わう人ごみを縫って、楽しそうにクリスマスの説明をする彼女に零牙は黙って付いて行く。二人は街のクリスマスというクリスマスを見て触れてまわった。時刻はあっという間に過ぎ、日が沈み、夜になった。 「ほら、次はあそこだよ!」 「わかっている。引っ張るな」 次に二人が訪れたのは大きな広場で、詩織の指差す先にはイルミネーションのキラキラ光る巨大なクリスマスツリーが佇んでいた。その姿には迫力があり、存在感も抜群で、宙を舞う雪と相まり一層、美しい。だけれど、零牙が目を奪われたのはまた別のものであった。 「どう、綺麗でしょ? 詩織くん一番のオススメスポットなのっ!」 元気よく詩織は笑顔で振り返り、零牙の方を見やった。その動きに流れる美しい髪。 零牙は思わず息を飲んだ。しかしその様子を悟られまいと、すぐに普段通りのクールな零牙に戻る。 「どしたの? やっぱりその格好じゃ寒かった? 耳あて貸してあげよっか?」 わずかな変化であったが、どこかいつもと違うと察した詩織が零牙の顔を覗き込む。 ファー付きのモコモココートに防寒具もバッチリな詩織とは対照的に、零牙は下にインナーを着てはいるものの、この季節にしては少し寒そうな革ジャン姿だ。 「いらない、寒くなんてない」 寒いのをやせ我慢しているのだろう、と勘違いした詩織が心配そうに声をかけるもそっけない態度で返す零牙。 「ほら、もっと側に行くならさっさと行くぞ」 「え〜、さっきまで引っ張るなって言ってたのにぃ!」 まったく怒った風ではないのに、ぷんぷんと口で言ってみる彼女に零牙がはいはいと軽く返す。 (「クリスマスか、悪くはないな……」) そんな想いを内に秘め、零牙は再び嬉しそうに自分の手を引く詩織を見やり、仏頂面のまま改めて詩織の手を握り返したのだった。
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