渕埼・寅靖 & 神凪・円

●『告白』

 冬の夕暮れが世界をオレンジ色に染めていく。広がり始めた雪雲は、空の向こう側からその体を伸ばし続けており、おそらくはこのまま、世間はホワイトクリスマスとなるのだろう。
 高台を行く電車の中に、寅靖と円がいた。結社のパーティの買出しに遠出をした帰りである。菓子やジュース、ゲームや仮装といった、おきまりのパーティグッズで満ちた袋を、寅靖が2つ、円が1つと分担して運んでいた。
「雪、降るんかねえ」
 視線より低い位置にある街を、円はぼんやりと見ながら言う。数十分前とは違う色のコンクリート群は、見かけだけは暖色であったが、その間を通る誰かがビル風にコートの襟を閉ざす光景は、ああ寒いのか、という連想をさせた。
「天気予報では降ると言っていたな」
 円の横で、寅靖もまた外の景色を窺っている。ふと目に付いた太陽に目を細め、しかしすぐに網膜に焼きついた光は、雲へ逃げる視線を追って空を縦横無尽に駆け回った。
「あいつら、待ってるかな」
 荷物を揺らして、円は言う。
「さあな。持込で始めていた奴もいたが、気が早いことだ」
「はは、全くだ。それにさ、こういう日に騒ぐなら、それこそ誰か――」
 車内アナウンスが、運行予定通りに次の駅名を告げる。片手で吊革に下がっていた円は、慣性に傾きながら、自分の台詞に苦笑した。
「イイヒトなんか誘ってさ、そっちで騒げばいいのに。
 ま、そんなのに縁のない私が、言えた義理でもないか……って、そういや寅靖も、縁のないのは同じだっけ?」
 駅の手前で電車が減速を始めると、乗降客たちが逆側のドアに集まり始めた。そんな人の流れの外で、寅靖は円に視線を向ける。
「――あのな、円」
 車内の数人が入れ替わるだけの雑踏は思ったよりも静かで、結果、一字一句間違うことなく、円は確かに寅靖の言葉を聞いた。
「俺はお前が好きだ」

 電車は出発した。がたん、と車内が線路の継ぎ目に揺れた。円は持っていた紙袋ごと菓子をこぼした。その騒音に乗客が視線を向けた。寅靖が袋を拾い上げた。
 円は反応できないでいる。
 ただ、頬が熱くなっているのは、夕日のせいではない事はわかっていた。
「すぐに返事は求めない。そういうつもりじゃないんだ」
 寅靖は、3つ目の荷物を器用に持ち、言うべきと決意した事を言い続ける。
「ただ、これだけは覚えていてほしい」
 円は、寅靖の言葉を、ちゃんと聞くことしか選べなかった。
「友としてか、その先か、どちらを選んでもいい。
 俺は、お前が望む限りお前の傍にいる。
 決して、お前を置いていったりはしない」
 嬉しいと、その思いに白熱する円の心は、たった一つだけの言葉を、精一杯に搾り出した。
「……あり、がとう」
 逃げ出したくなる気持ちをこらえ、それ以上の言葉を作れない円に、寅靖は微笑む。その言葉は返答ではなく、円なりの感謝ということは知っていから、待つと言う代わりに、寅靖は優しく頷いた。
 電車は進んでいく――。



イラストレーター名:衣谷了一