●『ま、いっか。』
今日はクリスマス。 椛とのデートに蘇芳が選んだのは、遊園地だった。 コーヒーカップにメリーゴーランド、華やかな乗り物もたくさんある。この日の為に、一日のプランを念入りに用意した。今日の思い出が、椛にとって楽しいものになるように。 「次はあれ乗ろう!」 クリスマスなだけあって、遊園地は日中から人が多い。はぐれないように手を引いて、軽やかな音楽を流して回るメリーゴーランドを椛に示した。 しかし、蘇芳が振り返った先で、椛は小さく首を振る。 「あっち、が、良いわ」 あっち、と言う視線の先からは、男女の悲鳴やハイスピードで通り過ぎる轟音が響いてくる。ジェットコースターだった。 もしかして、メリーゴーランドは好きじゃなかったのだろうか。思いながら、蘇芳はコーヒーカップの方を指差してみる。 「……あれは?」 「これ、が良い、の」 椛は静かに告げる。メリーゴーランド云々ではなく、純粋にジェットコースターに乗りたいようだ。 その静かだが強い態度に、蘇芳は何故だか嬉しくなる。 同じようなやり取りが、この後も何度もあった。観覧車に揺られて二人で景色を眺める予定の時間には、お化け屋敷で古今東西の怪奇を体験していた。 ロマンチックなクリスマスのデートではなかったかもしれない。 それでも、蘇芳は構わなかった。 「ま、いっか」 椛が我侭を言って思いを伝えてくれることは、とても特別なことのように思えた。 いつもは物静かにしていて、彼女の意思は中々分からないから。 楽しい時間はあっという間に過ぎて、日が暮れるまで二人で手を繋いで遊んでいた。 「ジェットコースター、楽しかったね」 「……ん」 空が夕焼けの色に染まる。今日の思い出を話しながら、遊園地の出口へ歩いていた。 「また来年も来ようね」 「……ん」 素っ気ない声だけが返る。蘇芳は軽く椛に向き直って、その手を取る。何か言われるより先に、互いの小指を絡ませた。 口約束より、もう少しだけ確かなものを。二人の間には約束が残った。今日の思い出と、一緒に。
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