芦屋・紡実 & 添嶋・喜兵衛

●『かえるばしょ』

 12月24日も、終わりに近づいている。
 喜兵衛と紡実は、食事もそこそこにパーティから抜け家路を辿っていた。
 夕飯の為の食材をスーパーで買い求めて。
 帰り道は、二人で腕を組んで歩いた。
「喜兵衛くん、希望ある?」
 白い息を吐いて紡実が尋ねる。
 問われた方は、担いだ買い物袋をがさりと鳴らしながら答えた。
「クリームシチューか、肉団子入りの鍋がいいな」
 こんな寒い夜にはぴったりだ。湯気を立てる温かな食卓を想像して、喜兵衛は微笑む。
 紡実も小さく頷いて、
「ん、じゃあ一緒に作ろっか」
 材料も足りるだろう。冷たい風も、人工的な街灯の明かりも、二人で作る夕食を思えば暖かい。
 それからも、カレーが良いとか、チーズを乗せたグラタンだとか、思いつくままに二人でメニューを出し合った。すると、そのどれもが今日の夕飯に相応しい気がするから不思議だ。
 自然と二人で顔を見合わせて、声が重なる。
「私、喜兵衛くんの作ったご飯ならなんでも好き」
「俺、紡実の料理なら何だって好きだ」
 一瞬、二人で同じような顔をして黙り込んだ。
 軽く目を見開いた表情は、すぐに綻んで笑顔に変わる。
 小さく笑い合いながら歩く足取りは、もう喜兵衛のアパートのすぐそばだ。
 クリスマスだけれど、特別なことは何もない。
 当たり前に喜兵衛と買い物をして、同じ場所へ帰って、夕飯の話をする。
 それはとても当たり前で、とても特別なことだった。
 いとおしむように、紡実の指が喜兵衛の腕から左手の指まで滑り落ちる。やがて、薬指の指輪へと辿り着いた。
 ひんやりした金属の手触りを温めるように紡実の指が撫でる。そんな仕草に、紡実の大好きな表情で喜兵衛が笑った。
 アパートの扉を見遣りながら、喜兵衛は今日の為にこっそり作ったもののことを考える。
 当たり前の一日の終わりに、少しだけ特別なプレゼントを用意した。
 クリスマスケーキ、きっと紡実は喜んでくれる。驚いた顔も好きだから。
 ささやかなふたりのクリスマスは、もうすぐ。



イラストレーター名:十重