●『もう少しだけこのままで』
「楽しかったですわね」 仲の良い友人達とほのぼのしたクリスマスパーティに参加した帰り道。喜久子が満足げな表情で微笑んだ。 「……はい」 喜久子と一緒に帰路に着く彩香がこくり頷く。 「それでは、彩香さん、わたくしはこちらですので……お気をつけてお帰り下さいね」 とある十字路で喜久子が微笑んで彩香に背を向けた。 「…………」 喜久子は服の袖を引っ張られている感覚に足を止めて振り返る。 「……どうしましたの?」 喜久子の袖を掴んでいたのは彩香だった。 「……」 彩香は無言で、ただじっと喜久子を見つめる。何処か不満そうな――いや、寂しそうな色を瞳に浮かべて。 「黙っていては分かりませんわよ?」 喜久子は苦笑を浮かべて彩香に優しく尋ねた。 彩香の瞳を見れば無口な彼女が何を言わんとしているのか分からない喜久子ではない。しかし、少しだけ意地悪をしたくなってしまうのだ。意地を張っている幼い姿が可愛らしくて。 「……もう、少し……」 喜久子の袖をぎゅっと強く握った彩香がぼそりと呟く。 「もう少し?」 喜久子は先を促すように優しく彩香の言葉を繰り返した。 「…………」 更に喜久子の袖を強く握りこむ彩香。「分かってください」と言わんばかりに。 「もう少し何をしたいんです?」 喜久子は彩香の瞳を見て更に優しく問いかける。ちょっとした意地悪の他に、最後まで彩香の言葉で聞きたい、という想いから。 「……一緒に……居たい、です……」 彩香は小さな声で呟くと、握っていた喜久子の袖をぱっと離し、俯いてしまった。 「はい。わたくしももう少し彩香さんと一緒に居たいですわ」 頑張って最後まで言った彩香に満足して、にっこり微笑む喜久子。微笑んだまま彩香の頭を優しく撫でる。 「……あまり、撫でないで下さい」 彩香は言葉とは裏腹に、喜久子に撫でられて少し嬉しそうに頬をほんのり赤らめた。 「では、この後、うちにいらっしゃいますか? あたたかいお茶をおいれしましょう」 喜久子の提案に、彩香はこくりと頷き、2人揃って同じ方向へ歩き出した。
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