●『20 Jahre altes Gedachtnis』
静かな音楽がバーにゆったりと流れている。 その空間は時間がより、ゆるやかに流れるような感覚がした。 密やかな囁きが寄せては返すさざ波のように広がっている。大人の空間と言えた。 元々こういう『場』に興味があった。 行ってみたいと思って、『どうせならば』とクリストフを――お互い、20歳を超えたということもあり――砂夜の家で経営しているホテルの最上階のバーに誘ってみた。 「いいな」 砂夜の誘いにクリストフは青い瞳を細め、応じてくれた。 嬉しくて飛び付きたい衝動に駆られたけれど、どうにか堪える。 ……せっかく決めた服が乱れてしまっては元も子もない。 クリストフに見てもらいたくて、頑張った部分もあったから。 今回、ちょっとした都合でお酒は飲めないが……たとえ飲み物がノンアルコールカクテルであっても、雰囲気は味わえるかと思う。 「乾杯」 囁くように言って、互いのグラスを当てた。 キンッと澄んだ音がする。 会話を進め、ゆるやかに時を過ごすうち……バーの雰囲気に染まるように、年齢だけではなく『大人』になっていくような気がした。 砂夜個人としては、クリストフと友達以上にはなれたと思う。 穏やかに会話を交わし、時間を重ねながら……『だけど』とも思った。 (「いつまでたっても、恋人にはなれてない」) ――『欲』は尽きない。 砂夜はクリストフの『特別な存在になりたい』という思いがある。 けれど――特別じゃなくても、出会ってから毎年、こうしてクリスマスを二人で過ごせてるのにこれ以上我侭は言えない。 せめて、と砂夜はクリストフを見つめた。 バーの間接照明に、クリストフの銀の髪がぼんやりと浮かぶように見えた。光に反射して、綺麗だ。 (「いつまでも、こうして毎年過ごせると良いな」) 消せない欲はあるが、砂夜は心の中だけでつぶやく。 (「クリストフくんは……私の事どう思っていてくれるのかな」) それだけは、知りたいと思った。
「来年も一緒に過ごせると良いね」 砂夜がそう聞くと、クリストフは青い目を細めた。言葉での答えはなかったけれど、穏やかな微笑みがその答えだとも思える。 (「もし来年も一緒にいられたら……もう一度、告白しよう」) 砂夜は心の中で、自分自身に誓った。 バーの窓から見える風景は雪空。 「毎年、ホワイトクリスマスだね。来年もそうなるかな?」 「――そうだな」 応じて、クリストフは窓の外を見つめる。 砂夜はその横顔を見ながら――来年も一緒にいたい、と繰り返し思った。
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