●『フルメタルタキシードとガスマスク』
麗しき姿。その肢体にまとうは、深紫の華麗なるドレス。今宵は、聖夜の舞踏会。この場に、これ以上似合う服装があるだろうか。 しなやかにしてすらりとした両足を飾るは、ハイヒール。それがパーティー会場の床を踏むたびに、カツッという音が……なぜか響かない。 なめらかにして輝きすらも見て取れる長き髪は、深淵よりなお黒く、夜空の一部を切り取ったかのよう。 美しき淑女の名は、煙幕。煙隠・煙幕。 その女性とともに舞踏を踏むは、純白のタキシード姿の、一人の男。口元には白銀色の一輪の薔薇。重厚なる動きを見せる彼の名は、正義。鋼・正義。 二人は華麗に、美しく踊っていた。ダンスパーティーのこの場には、まさにふさわしき二人であろう。 しかしなぜか、正義は違和感を覚えていた。周囲の人々から、奇妙な眼差しで見られているような気がしてならない。 確かに煙幕さんは仮面をかぶり衆目を集めているが、仮面舞踏会ではなくとも仮面を着用し踊る淑女はいる。その仮面がガスマスクで、何か問題でもあるだろうか? むしろ機能美を見せつけられる良い機会。 いや、少々無骨なるその仮面があるからこそ、着用者の美貌をあえて隠すからこそ、より美しさが際立つものと言えないか? もしくは、問題があるのは、私のタキシードだろうか? ……いや、それはなかろう。世にはカシミアや綿や化繊と、異なる素材で仕立てたタキシードがいくらでもある。自分はたまたま、金属で仕立てただけだ。金属光沢を放つメタリックアーマーとはいえ、タキシードには違いない。動くたびに稼働音が響き、重々しい足音を立て、時折蒸気を吹き出しはするが、それら些細な事を除けばおかしな点などないはずだ。 口元に薔薇を咥えるのは少しばかり苦労したが、大したことではない。たとえ頭部全てを覆うフルフェイスヘルメットを被っていたところで、できない事ではない。 そして、重量音を響かせつつ、舞踏の足さばきを行うのもまた、簡単な事ではない。 しかし、世に簡単な事などない。鋼の姿と力と信念とを持つ自分には、この程度の事ではへこたれぬ、うろたえぬ。 「ステップがお上手ね、正義さん」 ヒールを履いた足で、やはり美しき足さばきを見せた煙幕が、賞賛にもとれる言葉を放った。 「少しばかり練習しました。その成果がわずかでもありましたら、とても嬉しく思います……煙幕さん」 「そうね。少なくとも、悪くはないわ」 微笑んだのか、頬を緩めてくれたのか。 その言葉の節々に、感心めいた響きが無かったか? 「……今宵は、いつも以上に心躍ります。貴女と踊っているからでしょうか?」 「ステップだけでなく、お世辞もお上手ね。けれど……嬉しいわ」 二人は、誰にも邪魔されることなく踊り続けた。 ……っていうか、二人の姿に異様な雰囲気を感じ取り、誰も邪魔したくない、ぶっちゃけ近づきたくなかったのだが。
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