●『聖夜のトロイメライ』
ホワイトクリスマスの夜、照明を減らし静かに眠る街中を、楓とフェシアが横並びで進んでいく。昼間より遠くまで響く足音を、二人共通の体験として聞きながら、この時間を惜しむように、あるいは先程までのパーティの続きとして、帰路をゆっくりと歩いていた。 足元を照らし出す程度の穏やかな電灯の光は、木々に掛けられたオーナメントや、降りしきる白い雪からやさしく反射して、冬の空気を銀色に彩る。吐く息は色濃い霧となって、一瞬だけ頬に巻き付いては、それぞれの視線の横を斜めに抜いて消えていった。 「今年も去年以上に、大変な年だったね」 「楽しいことも一杯あったよ」 「うん、いろいろと楽しかった。フェシア、このクリスマスを一緒に過ごしてくれて、ありがとう」 「こちらこそありがとう、楓。こうして二人で過ごせることほど、嬉しいことはないわ」 言葉少なに、お互いを想う感情だけを交差させ、二人はこの時間を噛み締める。そんな中ふと楓が街路の時計を見れば、短針は天頂近くを向いており、もうこんな時間か、と何度目かになる感慨が頭に浮かんだ。 「……楓?」 自分から視線を外し、物憂げに宙を眺める楓へ、フェシアは声をかける。楓は何事かを口の中で呟き、星を見て、ため息をついた。 「楓、どうしたの……? 何かあったの?」 「――ああ、ごめんごめん。少し思い出を振り返ってただけだから、気にしないで」 恋人の呼ぶ声に、楓は肩から振り向いて答える。その表情にはいつも通りの微笑があり、フェシアは内心の胸騒ぎを消していった。 「こうして付き合い始めてから、もう4年も経ったんだよね」 「ええ。楓は頼りがいのある素敵な王子様になったわ」 「フェシアはドレスの似合う綺麗なお姫様になった、ね」 二人は胸中から浮かび上がる笑顔を合わせ、自然に手を繋ぐ。眼前にある恋人の笑顔を鍵として、記憶の中の情景がいくつもいくつも思い出されていった。
「あ、うっかりしてた」 と、横断歩道の手前で、楓は唐突に懐を探り出した。 「楓、忘れ物?」 「楽しすぎて忘れるところだったけど……フェシア、メリークリスマス。白いサンタからの贈り物だよ」 そこから楓が大事そうに取り出したのは、小さなプレゼントの包みだ。その様子を見たフェシアも、はっとしてバッグの中を探る。 「あはは、私も忘れてたけど、楓にプレゼント! メリークリスマスね」 そう言って、クリスマスの夜の最後になってからようやく、恋人たちはプレゼントを交換した。 「こうして、来年も、6年目も7年目も、厳しい戦いの時も穏やかな日常においても、そばにいてくれると嬉しいな、フェシア」 フェシアは楓の胸に頬を当て、甘えるようにその鼓動へ近寄る。 「ええ。これからもずっとそばにいるわ。だからこの手を離さないでね、楓」 通行人のいない横断歩道に、青信号が点灯する。けど、今はこうして、同じ場所で同じ時間を共にしていることが、何より大事に思えた。
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