松屋・楓 & 真粛・洪海

●『大切な恋人と一生の思い出を作る』

 耳の奥まで染み入るような静寂の中を、時折、焚き木の弾ける音が横切る。オレンジ色の暖かな光を放つ暖炉は、楓と洪海の二人がいる室内を柔らかく照らし出して、見慣れた日常におぼろげな幻想を上書きしていた。
 この部屋の聖夜には、高らかに響く賛美歌も、華やかに飾られたツリーもない。ただ、砂時計に似たゆっくりとした冬の日が、まどろむように流れていた。
「あの……。洪海さん、そのっ!」
「ん、聞いてるよ……かな」
 洪海はベッドに座り、目の前で俯く楓の表情を窺っている。彼女の震える前髪の下では、何かを決意したようでいて、けれど怯えを隠せない瞳が、洪海を正面から見ることもできずにいた。
 と、楓は唐突に洪海の両肩の上へ、その両手を置いた。少し慌てた洪海の視線の先には、目を閉じてこちらにまっすぐ向かってくる楓の顔があって、その柔らかな部分がこちらに接触する前に、洪海は相手の体を横に避けた。
 ムードとタイミングを読み損ねた楓が、ベッドの底に沈んでいく。
「甘えさせてあげたいような、何か不味いような……かも」
「いえ、今のは私の先走りですきっと……、うう」
 残念そうにうなだれてベッドに座りなおす楓に、洪海はしかし自分からすぐ隣へ近づいて、その手に手を重ねた。洪海はその握手を胸の前まで持ち上げると、驚きに硬直した楓を促すように微笑む。
「ん、ごめんね。今日はできるだけ応えてあげられる……かな」
「洪海さん……! 私、えっと」
 握られた手に、楓も優しく力を加え、洪海を包み返した。
「何度も確認してますけど……好き、ですっ」
 楓の確かな告白に、洪海もまた同じく告白をする。
「ん、好きですよ楓さん、本当に……かな」
 お互いの想いを確認し合い、喜びに震える楓の体を、洪海は空いた手で抱き寄せた。

 暖炉の間接照明は、二人の姿を解け合った一つの影として、夜の青色に染まる壁面に投げつけている。触れ合う所から伝わる温もりに目を閉じていた楓は、ふと洪海に問いを投げかけた。
「その、さっき応えてくれるって言ってましたけど、……どの位までならいけるのでしょうか」
「ん、それは、どの位がいいのか、逆に私が聞いてみたい……かも」
「えっと……ききき、キスとかハグとか朝チュンとか……なんでもないですっ!」
 質問に質問で返されて、それでも正直に答えた楓の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。そんな彼女を大切に想う気持ちは、洪海の胸の中でとめどなく広がっていき、心の臨界点を超えて体を無意識に動かした。
「何時までもこうしていましょうね、二人一緒に」
 洪海の胸の中に抱き寄せられると、この距離が今は一番心地よいと言われているようで、けどこれはこれで……と楓にも実感として、心の深い所に刻まれていく。
「これからも、ずっと傍に居て下さいね」
 大事な人が、自分を大切に想っていてくれること。その幸せを二人は相手ごと抱き締め、もう離さないと誓うのだった。



イラストレーター名:田中 健一