●『ようやく叶えられた約束』
夏の学園祭で交わした約束。 行ったことがないと告げた沙由理に、優しい晶が言ってくれた約束。 お互いの都合が合わなかったり、色々なことがあり過ぎて、なかなか果たされなかった、約束。 やっと行こうと彼が誘ってくれた『日』は、もしかしたら──いや、きっと彼には他意はないのだろうけれど。
「沙由理?」 いつの間にか、じっと晶を見上げていた沙由理に、彼がきょとんとした顔で覗き込む。 「どうかしましたか?」 「うっ、ううん! よーっし、楽しむわよ!」 僅か頬を染めてぱっと顔を逸らして、彼女が踏み出した先には明るいテンポの音楽が鳴り続ける賑やかな通り。時折、ゴォオ、と言う風を切る音に乗って、きゃああ、と楽しげな悲鳴が届く。 初めての、遊園地。 見るもの全てが鮮やかで、賑やかで、楽しくて。 嬉しくなって振り返れば、気付いた晶がふわりと微笑む。 その笑顔を見るだけで、きゅう、と胸の奥が締め付けられるような、熱くなるような、どうしようもない感覚を覚える。 (「ああ、やっぱり私、晶叔父上のこと──……」) あの夏に気付いた気持ちが、実感を伴って小さく疼く。 沙由理はそれを振り切るように、満面の笑みを浮かべた。 「ねえ晶叔父上、私、あれに乗ってみたいわ」
けれど『今日』は、『特別な日』。 遊園地の混み具合も大変な状態で、人気のアトラクションには長蛇の列。 自然、ひとの少ない場所へと逃げるように流れていくふたりが、その途中に見かけるのは、仲良さげに腕を組んだり手を繋いで笑い合う、男女。 沙由理はすれ違うたび、それを羨望の眼差しで見つめ──そして晶を見る。 「どうしました?」 「え、と」 いつも通りの晶の様子に、沙由理は言葉に詰まる。 ちらりと通り過ぎて行く男女に視線をやる。 「?」 晶も釣られるようにそちらを見て、そして「ああ」得心したように肯いた。 そして差し出される、掌。 「っ!」 ぱ、と顔を上げた沙由理に掛けられた言葉は、けれど。 「はぐれて、迷子になったら困りますからね」 彼が、彼女を子供として──否、家族としてしか見ていないと、明白な、それ。 ぎゅうう、と胸の奥がまた締め付けられる。 (「でも」) 沙由理は唇を一瞬、引き結ぶ。判っている。判っていた。そういう彼を、好きになったのだから。 「じゃあこうしてくっついとくんだから!」 勢いをつけて、文字通り、晶に引っ付く。腕を腰に回して、至近距離で彼を見上げると、彼は動じた様子もなく、にこりと笑う。 「それなら絶対、はぐれませんね」 その言葉にはやっぱり少し、胸が痛いけれど。 見てて、いつか必ず、気付かせてやるんだから。
だから『今日』は、あなたの優しさと温かさを感じるだけで、許してあげる。
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