●『聖夜の王子様とお姫様』
その花は言う。 『あなたを愛しています』。
語るよりも雄弁な捧げ合った赤い薔薇が、互いの胸に、一輪ずつ。 「そう。上手だよ、美夢さん」 ふたりで過ごす、初めてのダンスパーティ。 彼女を気遣う瑞貴のしなやかなリードで、ステップ、ターン。ふわり、長い桃色の髪が映える緑のドレスに弧を描かせた美夢が、とろけるような笑顔で彼を見つめ──ようとした、途端。 「きゃっ、」 「っとと。大丈夫、ほら」 彼女の小さな身体を、危なげなく抱き寄せて。変わらない穏やかな笑顔で彼女の無事を確かめて。 なにもないところでつまずくのも、既に数度目。 初めこそ恥ずかしそうにしていた美夢も少しずつ、必ず支えてくれるその腕に身体ごと全幅の信頼を預けるのに躊躇いもなくなって、嬉しそうに瑞貴を見上げる。
初めて結社で出会った3年前から、24cmも背が伸びた。 もっとその青い瞳が近くの高さで見えた頃。ボクはまだ小学生で、あなたもまだ1年生で。 そのときからずっと見ていたなんて、言ったら信じてもらえるかな。 あなたを護りたいと思うようになったのは、いつからだろう。
「……ふふ」 瑞貴の白いタキシードにしがみつくようにして、不意に美夢が笑う。 首を傾げる彼に、彼女は言う。 「瑞貴さん、本当に大人っぽくなったなあって」 「……そうかな」 悪戯っぽく笑う彼女に、瑞貴は少し、照れくさい。 どうやら思うのは同じことらしい。そんな些細なことすら、嬉しい、なんて。 来訪者である雪女の瑞貴と、孤児で闇に生きる暗殺者の美夢。 ふたりの縁が重なって、繋がって、こうしてすぐ傍に添えるまでに、たくさんの月日と思い出を重ねてきた。 そしてやっと、これからも一緒に生きて行こうと互いに剣を捧げ合った誓いの日を経て。 例えこの先にどんなに大きく激しく厳しい戦いが待ち受けていようとも、ふたりが結んだ絆は、揺らぐことすらないだろう。 彼が彼女を護る、その想いと同じだけの想いで、彼女も彼の前に立ち塞がる敵を倒すだろうから。 だけど今宵は、静かに過ぎ行く聖なる夜。 誓いを交わしてからは初めての、ふたりで過ごす、舞踏会。
だから、ほら、もう一度。 「お手をどうぞ、ボクだけのお姫様」 だから、ほら、これからも。 「導いてね、……わたしだけの、王子様」
それはおとぎばなしの王宮みたいに煌びやかに、華やかに。 それはおとぎばなしのふたりみたいに慕わしく、幸せに。
だから、ほら。 その花は言う。
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