●『午前0時の鐘が鳴るまで』
学校のダンスパーティーの後、弓弦と綾香は、綾香の部屋でくつろいでいた。 綾香の家は、歴史のありそうな古めかしい洋館で、庭にはモミの木を飾り付けたクリスマスツリーがある。 楽しげな鼻歌がとなりから聞こえ、弓弦も自然に笑顔を浮かべた。 「綾香ねぇ、ご機嫌ですね……あ、雪!」 アンティークな窓から見る白い雪は、絵画のように綺麗だ。 今夜の雪は特別。 ホワイトクリスマスで気分が高揚してきた綾香は、先ほどのダンスの楽しさを思い出した。 「ゆーちゃんー、踊ろうー?」 「またですか?」 そう言いながらも、弓弦は嬉しそう。 ダンス用のドレスに着替えてから庭へ出ると、雪が飾りのように積もったツリーが出迎えてくれた。 綾香は夜が似合う深い色のシックなドレスで、弓弦は鮮やかな明るい色のドレスだった。 「やっぱり寒いですね」 「寒いー」 エスコートするみたいに差し出された綾香の手を弓弦はしっかり握り締めた。 綾香のリードは、弓弦を導くようでとても踊りやすく、すぐに息が合った。 ツリーの下でターンするたび心が弾んで、綾香の足元でアンクレットの鈴が小さく音を立てた。
綾香は、少しずつ確実に変わってきている世界の中で、いつか弓弦と違う道を歩むことになる日がくるかもしれないと思っていた。 それがどんな形であれ、後悔だけは残さないように。 弓弦の楽しそうな顔を見て、思う。 (「今はこの子の姉として、できる限り愛をあげよう。それが私のできる精一杯のこと」)
ドレスのすそがひらひらと揺れ、美しい花びらが舞っているようなダンスだった。 二人とも、いつのまにか寒さが気にならないくらい、暖かくなっている。
弓弦は、綾香に素直に身をまかせながら、幸せを感じていた。 (「なにもかも少しずつ変わっていくんだ。それがわからない子供じゃない」) それでも、こんな風に手を取って踊れるふたりでいられたらいい。 (「そう願ってしまうのは贅沢? いいえ、もし叶わなくっても」) 弓弦は綾香のきれいな横顔を見つめて思う。 (「世界がこんなにもすばらしいって教えてくれた。この夢の時間は、きっとわたしの宝物になる」)
二人は互いを思いやりつつ、時が許す限りダンスを楽しんだ。
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