●『はじめてのグラタン』
「できたよ」 翔がそう言って、こたつテーブルの上に焼きたてのグラタンを置くと、千束は身を乗り出した。 グラタンは、まだグツグツいっている。 ホワイトソースの香りと温かそうな湯気が、食欲をそそった。 「これが、グラタン? ……すごい。美味しそうだね」 いつもはクールに振舞っている千束が、初めて見るグラタンをじっと眺めている。 「でしょ? 千束くん、食べたこと無いって言ってたから」 きっかけは、千束の『グラタン……食べたこと、無いんだ』という発言だった。 それならばグラタンを作ってあげようということで、翔は手作りグラタンを披露したのだ。 興味津々といった感じで、グラタンを見ていた千束に、翔は笑顔で召し上がれ、と促した。 千束は、翔とグラタンを交互に見つめて、少し自分の鼓動が早くなっているのを自覚した。 気になっている人の手作り。 しかも、それが自分の為なら、これほど嬉しい事は無い。 「ありがとう。嬉しい……」 千束は照れくさそうにはにかんで、早速一口グラタンを口に運ぶ。 「熱ッ」 出来立てのグラタンが、思ったよりも熱くて、舌をやけどしてしまった。 水を飲んで冷やしたが、舌がひりひりしている。 そんな、普段の千束とは違う子どもみたいな姿に、翔はちょっとだけおかしそうに微笑んだ。 「火傷しちゃうから、ちゃんとふーふーしてね」 自分の分のグラタンを、息を吹きかけて冷ましながら翔が口にする。 「……分かった」 気恥ずかしくて少しふてくされたような顔をする千束だったが、真似するように、今度はちゃんと冷ましてから、一口ぱくり。 口の中で味わい、自然と千束の顔がほころぶ。 「……うん、美味しい。すごく美味しい」 それを聞いて、翔も笑顔になった。 嬉しそうに、黙々とグラタンを平らげる千束の様子を、どこか楽しそうに見守りながら、翔も自分のグラタンを食べた。 暖かな部屋でこたつにあたりながら、ほかほかのグラタンを食べるのは幸せだ。
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