●『今年のクリスマスも危険がハードボイルド』
ヨーロッパはとある町。クリスマスに連れ立つ人々を尻目に、探偵は裏路地を行く。古い教会の聖歌も、お決まりの人形劇もそこにはなく、冷たい足音と剣呑な雰囲気だけが薄く沈殿していた。 目当ての区画に来て、双麻は物陰に隠れる。金網の向こうに、ドラム缶の焚き火を囲んだガラの悪い男達が、トラックから荷物を下ろしていた。 「……お国訛りの抜けてない、下っ端か」 男達は次々と、無地のダンボールを雑居ビルに運び込んでいく。その中にターゲットの姿は無く、双麻はビルの窓に注目を移す。 「あの中に居るのかね……」 身を乗り出し、窓に映る人影を調べようと思ったその時、双麻は背後から足音が近づいてくるのに気がついた。こちらへまっすぐ、物怖じすることなく進んでくる。 双麻はしかし慌てることなく、接近する人物に抑止のサインを送った。 「……ウェイか」 「どーも、ボス。色々調べてきましたよー」 そこに現れたのは、部下の魏半だ。監視を続ける双麻の横へ、同じようにしゃがみこむ。 魏半は、赤いビキニタイプのパーティドレスの、ポケットではないどこかの谷間から、借りていたスマートフォンを引き出した。受け取る双麻がぎょっとして目を見開く。 「あ、情報のほかにも、色々お勧めの動画とか入れてますので、よければ後ほどご覧下さい」 「そりゃいいがウェイよ、……一ついいか」 好奇心を隠さない魏半の瞳に、双麻は声を絞った大声で言った。 「なんで、そんな恰好で来たんだ!」 「似合ってますか? ボスのお気に召しそうなのを選んできたんですけど」 「あのなあ……」 面食らって絶句する双麻に、魏半は微笑みのまま続ける。 「クリスマスなんですよー、折角だからこういうのもいいじゃないですか」 「お前……仕事だって分かってるのか?」 「だって、ボスに見せたかったんだもん……」 「…………」 諦めた双麻が監視に戻ると、何かを見つけたらしい魏半が身を乗り出してきた。 「どうした」 「ボス、なんかあの人、こっち見てないですか?」 魏半が指差す先に、確かに何者かが――ターゲットが存在し、双麻の全身に悪寒が走る。双麻はそれ以上の確認をせず、魏半の腹をかっさらって駆け出した。 「逃げるぞ、ウェイ!」 「え、ちょ、ちょっと待って下さい、ボス〜!」 路地の角を曲がり、魏半を腕から下ろした双麻は、事前に調査しておいた逃走ルートを先行する。だが、暗い夜にも鮮やかに月光を照り返す魏半とそのドレスは、暗い夜道を探す追っ手にとって、格好の目標となってしまう。 双麻は上に着ていたコートを脱ぎ、それで魏半の肩を覆った。 「え、……ボスのコート、あったかい」 「いいから黙って逃げるぞ!」 幸せそうに併走する魏半に、やれやれ、と双麻はひとりごちた。 ――聖なる夜であろうとも、探偵に安らぎの一時は訪れない、か。 大通りに出られた二人は、きらびやかなクリスマスツリーも置き去りに、夜の街を駆け抜けていく。
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