●『聖なる夜に二人だけ』
静かに緩やかに鳴る、優しいオルゴール。 クリスマス・ディナーも終えて、可愛らしいケーキもふたりで分け合って。 ふと気付いて、琴里は視線を走らせた。いつも彼女の傍から離れようとしないもふもふの『空』が、どこにも居ない。飼っている黒い猫もいない。 今、この部屋には──ふたりきり。 ちらと彼女はソファの隣に座る蒼十郎を見上げる。ん? と視線に気付いて瞳で問いかけてくる彼に、琴里は「……あの、先輩」と、おずおず聞いてみた。 「私になにか、して欲しいことないですか?」 プレゼント交換も終っているから、思いもかけない質問だったのだろう。 きょとんと目を丸くした彼は、けれど少し頬を赤らめて、困ったように顔を背けた。 「……えーっと……やったら……」 ぽそぽそと零されたささやかな願い事。 今度は琴里が目を丸くし、──そして小さく微笑んで、揃えた膝を両手でぽんと叩いて見せた。 「どうぞです♪」
──……琴里やんの膝……貸して欲しいんや、けど……。
恐る恐ると言う様子で頭を預ける蒼十郎の髪に指を流して、もうすぐ終りを迎える1年について、思いを馳せる。 共に出掛けることができたのは、満天の星空を並んで見上げた一度だけ。 申し訳なかったなと、思う気持ちもあるけれど。 それよりもずっとずっとあなたには、この台詞を贈りたい。 「今年1年、ありがとうございました」 彼女の言葉に、蒼十郎が視線を合わせる。 いつもの表情に戻ったその顔の中で、紫色の瞳が嬉しそうに、幸せそうに、……愛おしそうに、細められる。 伸ばした指に彼女の長い髪を絡めて撫でて、紡ぐ言葉は以前よりも深くから。 「……ずっとずっと、大好きやよ♪」 塗り替えていこう、毎年の幸せを、より大きく。 つられるようにしてふたりで微笑みを交わし、そっと琴里は彼の頬へと唇を寄せる。
大好きな、大好きな旦那様。 このふたりで過ごす幸せな時間が、来年も再来年も、その先も。 ずっとずっと、続きますように。
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