●『Buon fortuna inaspettata』
「風香。メリークリスマス」 「メリークリスマス、宗司さん」 宗司がカップを差し出し、風香がカップを掲げる。 二人っきりの空間に、こつんと小さな音が鳴った。会話が途切れると静けさが際立つ。宗司は飲み物をすすり、風香は悪戯っぽくニコッと笑った。宗司はそれを受け、つい今しがた喋った言葉が、まだそこに残っているように感じた。 「ずっと一緒にいたいってのは、能力者であろうとなかろうと同じじゃねぇかな、たぶん」 かまくらモドキの狭い空間に、反響しているのだろうか。 「……俺も、ずっと風香と一緒にいたい。これからも」 間違いなくこれも言った。風香の目を真っ直ぐに見て、きっぱりと言ったばかりだった。 宗司は恥ずかしが湧き上がり、目を伏せる。 (「柄にもねぇ台詞だったかなぁ。……やっべ、今になって恥ずかしくなってきやがった。目ぇ合わせらんねーよ……」) 宗司は風香の視線に耐えられなくなり、手元のカップに視線を落とした。黒い液面に浮かぶ自分の顔が、浮かんでは沈み、横に伸びては縦に伸びている。自分の心のように、ゆらゆらと揺れていた。その様子をただ眺めるしかなく、まさに今の状況そのものだった。 俯いてしまった宗司を、風香はじっくりと眺めていた。 (「……これはさっきまでのやり取りを思い出して一人悶えてそうですねぇ。ふふ、可愛らしい」) 微笑をたたえて観察を続ける。そうしていると、宗司の心の声が聞こえてくるようだった。 風香はふと思いついて、宗司を呼んだ。 「宗司さん」 カップを凝視していた宗司は、呼ばれたことに気づかない。 「宗司さん」 二度目の呼びかけに、宗司はようやく顔を上げた。 その直後、宗司は何が起こったのか分からなかった。体の上に何かが覆いかぶさってきて、耐え切れないような重みを感じ、後ろ倒れそうになったのを咄嗟に支える。 すると、風香の髪が視界を覆い、胸の奥に甘い匂いが広がり、頬に柔らかな感触を感じるのだった。 風香の唇が、宗司の冷えた頬を温かく溶かす。 「愛してます」 離れた唇が、耳元でそっと囁いた。 そこにしてようやく、宗司はキスされたことに気づいた。宗司の顔は見る見る間に赤く染まっていく。 (「これは……自信持っていいって事なんかなぁ、さっきの台詞……」) 宗司は追いつかない頭を必死に動かし整理していく。そんなしどろもどろしている宗司を横目に、 (「ふふ……愛しいってこういう感情を言うのかしら」) 風香はふたたび、悪戯っぽく笑うのであった。
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