●『Angraecum』
クリスマスの早朝、まだ薄暗い街並みを定晴と薫は手をつないで歩いていた。 男同士で手を繋ぐというのも何だが、今は人目がないので特に気にする事は無いだろう。 誰もが眠っている時間だが、立ち並ぶ家々に飾り付けられたイルミネーションは元気に輝き、まだ朝日も見えないはずなのに辺りはとても明るい。 「昨日は本当楽しかったなー。一日であんなにたくさんの場所回ったの、スッゲー久しぶり。俺体力には自信あったはずだけどなんかもうクタクタ」 「ほんまやな。みんな元気ありすぎやって。僕も疲れけど、定春が疲れたんは笑いすぎとちゃいます? みんなの中で一番笑ろうてたの、おまえやん」 「え、そだっけ? でもマジ面白かったし」 「せやね、僕も腹筋壊れるかと思いましたわ。みんなでああやって遊ぶのもええもんやなぁ……あ、定春、ちょぉこっち!」 薫が何かに気がついて一瞬足を止めると、定春の手を引いて別の方向に歩き出す。 「ん、どしたん?」 薫に誘われ、手を繋いだままで二人は住宅街を抜け、広場へと向かっていく。 するとそこには滅多に見ないサイズの大きなクリスマスツリーが見事な装飾をされて配置されていた。 二人はそれを見上げて歓声を上げる。 「うわー! すげー! きれーだな! なあなあ薫、このツリー根元にちっちゃい家がいっぱいあるぜ!」 良く見るとツリーを囲むレンガの鉢の中には小さな街が作られていた。 「そやな! かわええな!」 二人でしゃがんでツリーの根元の街並みを見下ろし、そして交互にツリーを見上げ、最後に互いの顔を見て笑い合う。 いつもしている日常となんら変わらない。 そんな他愛の無い一日が、クリスマスというだけで少し特別で。 「なあ薫……」 「何?」 「来年も、一緒に見たいな。クリスマスツリー」 「ん、せやね。来年もこやって二人で過ごせるとええな……」 しゃがんだまま身を寄せ合い再び強く手を握り直す。 ほほに触れる風は冷たい。 でも、寄せ合う身体と繋いでいる手はとても暖かくて。 それと一緒に心も温かく、心地良い。 無言で暫しの時が過ぎ、その無言さえも居心地が良い程に。 「来年も、だけど……」 「何や?」 不意に呟く定春。定春の肩に頭を預けていた薫が顔を上げる。 「もっと先も、ずっと一緒に居たいなって思ってさ」 言ってから照れくさそうにする定春見て、薫は愛おしげに目を細めると不意に定春をギュウと抱きしめる。 「ハルがそう思てくれんねやら、ずっと一緒におるよ」 突然の抱擁に定春は少し驚き恥ずかしくなりながらも薫の言葉を聞いて抱きしめ返してぽつり、呟く。 「薫、好き……」 「僕も、ハルの事好きやで」 そう言いながらお互いの体温を確かめ合うように抱き合い、そして名残惜しそうに離れる。 そして再び笑い合うと定春は薫に小指を差し出しニッカリ笑って。 「約束!」 「ん、約束!」 二人は固く小指を絡め合い願った。 来年もここに来れるようにと。
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