●『マリア像の前で……』
廃墟と成り果てたその場所には、街の光も届かない。うっすらと内部を浮き上がらせるのは、僅かに入り込んだ月と星の光だけ。 「酷い瓦礫ね」 「はい……足元、大丈夫ですか?」 「平気よ」 ティリナは言葉の通り、堂々とした歩みで進んでいく。それを、りのあは一歩後ろから追いかける。 二人でクリスマスを過ごした帰り道。ふと、目に付いたその場所へ寄って行こうと誘いかけたティリナの言葉を、りのあは拒まなかった。割れたガラスを踏み、壊れた扉を越えて、奥へ、奥へ。 さして広い場所ではなかったらしく、二人の足はすぐに突き当たりへぶつかる。壊れた長椅子の残骸、朽ち果てたステンドグラスと、それから……。 「ああ、像……ね」 そりゃあそうよね、こんな場所だもの……と、微かな光に反射する像の顔を見上げ、ティリナは呟く。あちこち壊れ、ボロボロになったこの場所で、不思議と像だけが綺麗に残っているのは――何かの加護でもあるからなのか。 「――りのあ」 「はい……」 しばらくそれを見ていたティリナは、不意に振り返って名を呼んだ。手招くように伸ばされた指先に、りのあは自然と答えて進み出る。 「ちょうだい? いいわよね?」 すぐ目の前まで来た、りのあの頬へ、ゆっくりと触れて……それからティリナは指先を、そっと彼女の首筋へ這わせた。 貴種ヴァンパイアであるティリナが、従属種ヴァンパイアであるりのあに、そうすることが何を意味しているのか。りのあにだって、分からないはずがない。 「主がお望みでしたら……」 答えなんて決まっている。唯一の主であるティリナの求めに、応じない理由など、あるはずが無いのだから。 「…………」 ティリナはその言葉を聞くと、ゆっくり笑んで。そのまま、りのあへ抱きついた。勢いのままにバランスを崩したりのあが床へ転がり、押し倒すような体勢になってもティリナは止まらない。 指先で、もう一度なぞったその場所へ唇を寄せて。牙を突きたて――後は一気に。 「ん……」 「あ、っ……は……」 流れ出る、温かな血のぬくもりを吐息と共に飲み込んで、体の内へ。 それは互いに、たった一人だけの相手に許された儀式だから。 痛みを受けることも、与えることも決して、苦痛ではなく。ただただ2人だけの神聖な時間を、互いの体へと刻んでいく。 ゆっくりと、外で雪が舞い始めたことにすら気付かず、静謐な廃墟の奥で、密やかに……ティリアとりのあは、吸血鬼だけの禁断の儀式に、身を委ね続けていた――。
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