●『子供達の楽しいクリスマスイブ』
「遅れてごめん! 加奈お姉ちゃん」 クリスマスの夜。 冷えて澄んだ空気がイルミネーションを冴え冴えと輝かせる。その街角の片隅で、崇は自分を待つ背中に声を掛けた。 白い息を吐いて振り返る加奈は、少しばかりご立腹だ。寒い中立たされていた怒りは計り知れない。 「崇くん、遅いっ!」 腰に手を当てて仁王立ちしかねない勢いだったが、その気勢も不意に削がれる。目に入った崇の姿は、見慣れたものではなかったからだ。 「……ってどーしたの?」 仕立ての良さそうなスーツに子供らしくないコート。何か感想を抱く前にただ不思議で、加奈は小首を傾げる。 あまりにも素過ぎる反応に、ただでさえ照れ臭かった気持ちが一層強くなる。崇は口ごもるように弁明した。 「その、クリスマスはめかしこんでいくものだって……よってたかって」 決して自分のセンスで選んだ訳ではないことを懸命に伝えようとする。 その言葉を聞き終えた加奈は、一瞬考えるような間を置いてから、口元を押さえて笑い出した。 ちらりと崇の服装を見てはまた楽しそうに笑う。 クリスマスの街に、加奈の笑い声が響く。崇はもうどうしようもなく恥ずかしかった。 (「うう、恥ずかしい」) 情けないような居た堪れないような心地がする。熱い顔を上げていられなくて、崇は俯いた。 (「だから余計なことしなくていいって言ったのに」) 真っ赤な崇の前で、加奈はまだ笑っている。 もちろん、崇の格好が変だから笑っていたのではない。 選んでもらった服を断れない崇の姿が目に浮かんで、おかしくなってしまっただけだ。 それに、 (「クリスマスにおしゃれしてきてくれるなんて、なんだかデートみたいなのよ♪」) ようやくツボに入ったような笑いも止まって、崇の姿を改めて見る。なんだか、いつもより大人びて見えた。 待っていたせいで身体は冷えていたはずなのに、あたたかい気持ちになる。 微笑んで、崇の赤い頬に唇を寄せた。 「ん、かっこいいのよ、崇くん」 不意の言葉に、え、と崇も顔を上げる。頬で、ちゅっと柔らかい音がした。 「えっ、ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」 突然の出来事だった。 崇の喉から混乱しきった声が溢れる。 対する加奈はにこにこと笑うばかりで、 「さ、はやくいこー♪」 その手を引いて歩き出す。 ふたりのクリスマスは、まだ始まったばかりだ。楽しい一日になる予感で、加奈の胸はいっぱいだった。
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