緋薙・悠 & 文月・裕也

●『月明かりの空中遊泳』

「うふふー、なんかテンションあがっちゃうー!」
 人気のない屋上で、興奮気味に声を上げる悠。
 今年はお互い忙しく、久々にのんびりとクリスマスのデートを堪能した帰り。
 デートがとても楽しかったらしく、声の調子も高くはしゃぐ少女を裕也は楽しげに眺めている。
 手すりにもたれかかり、とりとめもない話を続ける二人。
「ん――」
 話題の切れ目。
 その沈黙がすこしピンクに染まり、雰囲気のままに二人の唇は重なる。
「ね、今日は私がエスコートしますよ」
 長いキスの後。
 離れた唇、少しだけあいた距離、悠は十センチ離れた婚約者の瞳を見つめながら夜の空遊びに誘う。
「ふふん、今年は私も空中散歩できますからね!」
「――お手並み拝見と行こうか?」
 得意気な表情を浮かべて差し出す悠の手を、面白そうに取る裕也。
 そうして二人で輪を作り、屋上の縁から一気にダイブ!
「どうですかー?」
 細い月の輝きを受けて、二人の体は落ちていく。
「これは、新鮮だな……」
 自らのエアライドとは全く違うことに感心する裕也。
 あくまで基点は他者であり、手を繋ぐことで、自分もその『輪』に入れてもらっているだけ。
 普段の万能感とは真逆の不安――心細さのようなものは、自由落下の感触にも似て、どこか面白い。
 視線を向けると、悠の優しい微笑み。
 柔らかな空気の感触、肌触りは、まるで彼女にそっと包み込まれているような……。
(「うん、全然悪くない。……でも、何かが足りないような?」)
 今までとは違う、新しい空の旅。
 それが楽しいのは確かだが、それでもやはり――。
「うひゃぁっ!?」
「っと、大丈夫か? お嬢さん♪」
 不意に吹いた強風に流された雲が三日月を隠し、少女の力が効果を失う。
 月が消えたのを見て慌てたのか、一気に体勢を崩す悠を、落ち着いて抱きとめ、かかえる裕也。
「むー……、月めー……」
 姿を隠した月に向かい少し恨めしげな視線を向けるも、大好きな人に体を預けきるこの状況を喜んでしまう。
「そうそう、このスピード感♪」
 裕也は悠を抱えたまま、エアライドしていく。
 危なげなく『お姫様』を地上に降ろし、軽やかに一礼してみせる裕也。
 結局いいところを持っていかれてしまったと少し悔しがる悠だが、婚約者の力強い笑みに、これはこれで――なんて思ってしまうのだった。



イラストレーター名:野崎 熾竜