●『この手を離さないで』
クリスマスの夜は、誰にとっても特別なもの。 八重にとっては、自分の最高のおしゃれを披露する日。 (「いつもはロマンチックとは無縁なようなわたしですが」) 少し、大人に。 少し、綺麗に。 花のように艶やかなドレスに身を包む。 (「わたし、変わっていってる……よね?」) 八重はそっと、隣に立つ男の子に視線を向ける。
(「ダンスはわかんねぇが……見てりゃ覚えるだろ。身のこなしは、組み手だと思えば頭に入りやすいな」) ダンスが始まって一曲目、壁際で黙り込んだまま踊りを眺めている真希の横顔は、真剣そのもの。 不慣れな八重の不安を取り除いてやるためにも、リードしてやれるくらいにはならないといけない。 貸衣装屋で調達した衣装がすこしキツく感じるのは、意外に自分も緊張してるということだろうか。 「――よし」 一通り把握した。そう考えた真希は、傍らの少女へ振り返る。
「……行くぞ」 「う、うん」 真希は、やっぱり緊張しているらしい八重の手を取って歩き出す。 「緊張、してるのか」 「う、ううん、大丈夫」 否定する言葉とは反対に、八重の声はかすかに揺れている。 そんな彼女を勇気付けるように、真希は握る手の力をほんの少しだけ強くする。 「――さ、踊ろう?」 意を決した八重の足が、一歩前に出る。 そう、今日の為に一生懸命ステップの練習を積んできたのだ。 (「まだちょっと、ぎこちないかもしれないけどね」) 離れて、近づいて、くるりと回って、また離れて。 時折少女がバランスを崩しかけた時には、少年がそっと間を合わせてカバーする。 八重にとっては繋いだ手だけが頼りで、思わず心細くなるものの。 「……、大丈夫」 (「真希くんは絶対この手を離さない」) 力強くリードする真希の手に全てをゆだね、その腕の中へ背中から飛び込む。 そして、そっと、呟く。 「……一番、一番好き、だよ」 「……ん?」 八重のせいいっぱいに、真希は聞こえないふりを返しつつ、ただ、抱き寄せた腕に力をこめる。 ゆっくりと、お互いのペースで歩んでいけばいい。 クリスマスという特別な日は終わっても、その魔法は解けることなく明日に残るから。
| |