●『あーん』『あむっ』
玄関を開けるとキンキンに冷えた外気が顔を打った。 それはアイスの冷凍庫をとものに連想させた。カチカチに凍ったアイスが思い浮かんだので、スプーンかアイスピックで突っついてやろうかと、外気に文句を垂れた。 今日はクリスマス。とものは目的遂行に余念無く、玄関に大きく目立つ看板を立てた。 「いい子なのでちょおサンタかむひあ」 大きな文字、太い筆で堂々と書き殴った自慢の看板だ。 「とものー。準備できたよー」 そこに、姉桜子の呼ぶ声がする。 「はーい」 とものは飛ぶようにして、暖かい家の中……桜子のもとへと駆けていく。
玄関を閉めて廊下を駆けると、とものの鼻には甘くて良い香りがたっぷりと届いた。期待に胸を膨らませて扉を開けば、そこにはご馳走が並んでいる。 こんもり分厚い卵のベールに、ケチャップで特製イラストが描かれたオムライス! 隣には、ほっかほかの湯気立つココアが、お気に入りの肉球マグカップになみなみ注がれて輝いていた。 感動の光景に、とものは目にも留まらぬ早さで桜子の横に滑り込む。 「そんなに急がなくて大丈夫よ」 桜子はとものにふわりと笑いかけた。すると、スプーンを持ってオムライスを掬って、それをとものの口元へと持ちあげる。 「はい、あーん」 桜子が満面の笑みでオムライスを差し出す。 とものはその行動に、きょとんと目を見開いて固まってしまった。改めて見ると、桜子の姿はとものがいつもせがむように、束ねていた黒髪の長髪を降ろし、清楚なワンピースに身を包んでいる。そんな最愛の姉があーんをしてくれている。 あまりにも夢のような状態で、一瞬だけ桜子が壊れたのではないかと案ずるも、 「どうしたの?」 桜子が小首を傾げた瞬間には、とものは本能的に目の前の一口に飛びついた。 「うーーーん、おいしい♪」 こんなチャンス、逃してはならない。 とものはふんわり卵とチキンライスの旨みにほっぺたを膨らませ、最高、と心の中で叫んでいた。手に持っていたココアを口に運ぶと、塩っ気を帯びた口の後に、芳醇な香りと甘いカカオが満たされていった。 放心にも似た喜びに浸り、外に立てた看板すら忌々しく感じた。今サンタが来ても、絶対に入れてやらないと心に誓う。 そして、桜子へ向かって再び口を開くともの。 「はいはい、あーん♪」 こうして、年に一度の最高の一日は過ぎていくのであった。
翌日。枕元に置かれていたサンタのプレゼントに、朝からテンション上がりっぱなしのともの。そのためか、目の前に並んだ朝食に手を付けずにいる。 桜子が声をかける。 「ともの、早くご飯食べて」 すると、とものは何を思ったのか桜子に向き直った。そして、物欲しそうに目を閉じて口を開くのだった。 その光景を前にして、桜子は昨日の幸せな時間がフラッシュバックする。そして、凄まじい後悔の念に、なんだか頭痛まで感じてしまうのであった。
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