あいちゃんのお誕生日

<あいちゃんのお誕生日>

マスター:櫻正宗


「あいちゃん。7歳のお誕生日おめでとう」
「パパ、ママ、ありがとう」
 両親が祝うわが子の誕生日。少女は嬉しそうに、母親から差し出されたプレゼントの包みを受け取る。
「ねぇ、ママ。あけてもいーい?」
「えぇ、もちろんよ」
 両手に抱えたプレゼントの包みを開けだす少女。出てきたのは、少女が抱くには丁度いい大きさの、質の良さそうな目が赤い黒いウサギのぬいぐるみ。
 そのウサギを見たとたん少女は、大きな目を更に大きく瞬かせ、箱から慌てるようにウサギの人形を取り出し、ぎゅぅっと両手で抱きしめた。
「わー。ウサさんだーッ。パパ、ママ。ありがとう、大事にするね」
 ぎゅっとウサギを抱きかかえたまま、少女は本当に嬉しそうな溢れんばかりの笑顔を両親に向ける。
 そんなわが子の様子に、両親は顔を見合わせて目を細めた。
 テーブルの上のケーキにささったロウソクに火が灯されて、7本全部に火が灯ったら部屋の電気は落とされた。
 お約束の誕生日の歌が歌われて、それが終われば……。
 少女はウサギを片腕に抱きかかえたまま、身を乗り出しロウソクに息を吹きかけて消していく。
 ロウソクが全て消えると、その部屋は闇と静寂に包まれた。
 すぐに電気がつけられて、再び一家の笑い声が響くことはもうなかった。
 残されたのは無残に荒らされた上に赤い血の海の室内と、赤い血で染め上げられてしまった食べられることのなかったバースデーケーキ。黒いウサギもまた赤いまだら模様で血の海で転がっていた。

「みなさん、よく集まってくださいました」
 集まった能力者たちを出迎えたのは、運命予報士の藤崎・志穂(高校生運命予報士)だった。
 彼女は周りの緊張を解きほぐすような柔らかい笑みを浮かべ、話を続けていく。
「早速ですが、本題に移りますね」
 志穂の顔から笑みは消えて、代わりに真剣さを帯びた瞳で能力者たちをゆっくりと見た。
「まず、退治して貰うのは7歳の少女の地縛霊です。場所は郊外の新興住宅街の一軒家です。近々、新しい人が引っ越されてくるらしいのです」
「地縛霊がいる所に引っ越してくるって事?」
 志穂の言葉にひとりの能力者が聞き返した。それに志穂は軽く頷き話を続けていく。
「えぇ、以前ここに住んでいた一家の一人娘のお嬢さんが地縛霊となってしまったのです。
 お嬢さんが7歳の誕生日の日に強盗に押し入られ、一家は惨殺されてしまいました。楽しい日になる日が血に塗り替えられ、お嬢さんは恨みとともにその場に留まってしまいました」
 ここまで話して志穂は一息つく。も、また話を続ける。
「場所もよい住宅街なのですぐに買い手がつき、引越し作業のとき、作業員を強盗だと思った少女の地縛霊が作業員の一人を攻撃し、怪我を負わせました。手に持っている包丁で切りかかってきます。素早い攻撃が難点ですが、一度に致命的な傷を負う事はないかと思います。出現時間は昼間〜夕方にかけてのようです。私からの情報は以上です。次に引っ越して来るご家族のためにも、よろしくお願いします」
 そう志穂は話を終えた。


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
京増・芳野(小学生霊媒士・b02918)
銀乃・月夜(高校生フリッカースペード・b06807)
神薙・天真(小学生青龍拳士・b06636)
草津・凛音(高校生フリッカースペード・b01633)
大工廻・高天(高校生魔弾術士・b06708)
大神・寿人(高校生符術士・b01980)
姫川・芙美子(中学生魔剣士・b01058)
陽月・遠湖(中学生符術士・b01153)




<リプレイ>


 閑静な良くある住宅街。良く似たモダンなつくりの家が立ち並ぶ。
 まだ陽は高い。
 地縛霊の少女が出現する時間まではまだ間があるだろう。
 引越し作業中に地縛霊が攻撃してきたことから、陽月・遠湖(中学生符術士・b01153) は帽子を被り作業員ぽい私服でやってきた。
「偽身符で囮ができたらいいんだけれども。命令をすることはできないから」
 遠湖はそういいながら深めに帽子を被りなおした。
 そこへ事故にあった業者の引越し屋に、聞き込みへと行っていた姫川・芙美子(中学生魔剣士・b01058) が到着した。
「遅くなりました。これが家の鍵になります。どうやら事故にあったのは若いバイトの人で、荷物を運びいれるときに怪我をしたようです」
 事故にあった引越し業者へと赴き聞き込みをしようとおもったのだが、事務所にはまだ誰もいなかったので闇纏いで事務所に潜入し、事故のことを業務日報で調べたらしい。更に家の鍵も手に入れられたのは僥倖だったろう。
 遠湖が芙美子から鍵を受け取る。
 思わずその鍵をぎゅっと握り締めた。
 これからも幸せな未来がやってくるはずが、自分の誕生日に殺されてしまった。たった7歳の少女が地縛霊になってしまったことが悲しい。少女を助けたい。そう思えば自然と力が入ってしまう。
「ごめーん。遅れた、遅れた。ちょっと待ってー」
 遠湖が握り締めた鍵で玄関を開けようとしたとき、大きな声とばたばたと大きな足音が聞えた。近所の聞き込みに行っていた神薙・天真(小学生青龍拳士・b06636)
 急いでやってきたせいか少し息を上げながらも自分が得た情報を皆に告げた。
「引越しの時の事故は作業員の人のは足首後ろがざっくり切れたらしいんだ」
「ごくろうさま。足元に気をつければいいのね、ありがとう」
 病院を廻ってきた天真の情報に遠湖は頷きながら、ゆっくりと玄関の鍵をあけていく。
 扉を開ける。
 緊張が走る。
 まだ大丈夫な時間だと分かっていても、いつ奇襲があるか分からない。遠湖は足元に気をつけながら玄関から中へと入っていく。
 外で見守っていた能力者たちが息を呑む。が、特別奇襲はなかった。
 遠湖はそのまま家の中に上りこむ。何も変化がないことを確認してから外にいた残りの能力者たちに大丈夫だと合図を送る。その合図に残りの能力者たちも家の中に入った。

 玄関から程近いリビングに皆が集合した。
「ここじゃぁ、ちょっと戦いにくいから他に戦いやすい部屋がないか探そうか?」
 銀乃・月夜(高校生フリッカースペード・b06807)がリビングを見渡しながらそう提案した。先ほどの引越しで多少荷物が運び込まれているらしく、ダイニングセットとカップボードなどが既に配置されていたから。
 月夜の提案に皆、納得しそれぞれに部屋を見て回った。
「1番穢れを知らないはずの子供がゴーストになるとは皮肉な話です」
 そんな独り言と共に、大工廻・高天(高校生魔弾術士・b06708)は持って来たケーキとウサギのぬいぐるみをリビングのテーブルの上に置いてから、部屋を見て回った。
 芙美子は皆が部屋を見て回る中、万が一に備えてイグニッションし武器を呼び出しておく。辺りを警戒することに集中した。
「ここ、どうかな?」
 天真が提案したのは 2階の一室。パーティションで区切れば1部屋が2部屋になるというつくりの部屋。まだ荷物は運び入れられない。パーティションを開ければ大きな何もない一間になる。
 誰も依存はなかった、早速パーティションをあけることにする。
「………わたしも、おてつだいするね」
 パーティションをあけるのに京増・芳野(小学生霊媒士・b02918)が手伝う。
 簡単にパーティションは開き、大きな一間が出来た。
「………わたしここで、かくれて…まってるね」
 後は地縛霊を誘き出すことだけ。
 すると芳野はパーティションの影に隠れて待っているといって、その部屋に残った。
 また残りの能力者たちは1階にもどり、地縛霊をおびき出す作戦に移る。
 時間は既にいつ襲撃があってもおかしくない時間になっていた。
 地縛霊が出たときに、他の通路を塞ぎ2階の決戦場に誘導する係りの高天、月夜、芙美子は扉や窓を護るように立ち、万が一に備えている。
 芙美子が引越し屋から手に入れてきた、荷物を運び入れるときに事故が起こったという情報から、囮の遠湖と、大神・寿人(高校生符術士・b01980)がダイニングセットの椅子を軽く持ち上げて移動させてみる。
 遠湖が椅子を持ち上げ別の場所へと軽く運ぶ。
 天真の情報を元にもちろん足元に最善の注意を払いながら。
…………――――――カタ
「遠湖、下ッ」
「………わ…っ」
 寿人が叫ぶのと、遠湖が飛び上がるのはほぼ同時だった。
 遠湖は軽く尻餅をついたものの 足元に注意を払っていた為に幸い怪我はなく、地縛霊の攻撃を回避できていた。
「…………パパ………ママ…も、いないの」
 その姿は少女の形のままであった。
 あどけない本当に7歳の少女の姿をした地縛霊。
 声も姿も少女のまま。
 けれどもそれは物凄く不自然だった。
 上半身だけが床から上にあり、包丁を持った手が大きく振りかざされていた。
「うさぎ…さん………どこぉ?」
 能力者たちが見えてるのか見えてないのか、ぼそりぼそり呟く声が静かな室内に響き渡る。
 能力者たちが一斉にイグニッションする。
「ママ……ぁ? ……ママ……」
 少女の地縛霊は弱々しい声で母親を呼ぶ。呼んで現れるわけではないのだけれども、それでも母親を呼びながら上半身だけだった身体がするすると浮き上がってきた。
「皆さん、初戦で死ぬなんてマヌケなことにならないようがんばってくさいね」
「こうする以外、どうしようもない、だから謝るのは無しにしよう」
 月夜と高天は道を塞ぎながら声を上げた。
 草津・凛音(高校生フリッカースペード・b01633)はコトダマヴォイスを発動する。
 あいちゃんに……私の声、届くかなぁ?
 不安になりながらも、それでも想いは伝わることを願って、召喚した詠唱兵器のギターを強く握りなおした。
 そんな凛音を知ってか知らずか、少女は包丁を振りかざしながら速いスピードで凛音に向かって突っ込んできた。
「うわっ………あいちゃんッ」
 速いスピードに凛音は咄嗟にギターを目の前にかざした。
 ―――――――………キーン
 ギターと包丁がぶつかった乾いた音が響き渡った。
「マ、マぁ…………怖い、よ………パパ……ぁ…………ど……こぉ?」
 何かに反応した地縛霊は、大きく目を見開き辺りを見渡し両親を探す声を大きく上げる。
「怖い……こわい、の……やだーッ!!」
 手に持った包丁をやたらめったりに振り回しながらばたばた駆け出す。
「自我が残ってるとするとちょっとやりにくいかな…………」
 寿人が地縛霊の様子を眺めて呟く。
 自我が残っていれば、またもう一度辛い目、痛い目に合わすことになってしまうのだから。
 だからと言ってこのままにしておいていいわけではない。
 地縛霊の動きは早いが、包丁は狙って振り落とされるわけではなく、やたらめったら振り回しているだけのようで命中率は低い。能力者たちはその攻撃をかわしながら、2階の決戦場へと誘導していく。
「な、……んで? ……ママ……い、ない……の?」
 地縛霊は少女のように泣きじゃくりながら階段を上り切り、他の部屋へと行かないように高天と月夜があらかじめ決めておいた部屋しか入れないようにする。
 地縛霊は泣きながら、二部屋が繋がってる部屋に入った。
「おにいちゃん………おねがい……なの」
 隠れていた芳野がそう言う。使役ゴーストのスケルトンが芳野の前へと進み出て手に持った剣で勢い良く切りつける。
 地縛霊は誰かがいると思っていなかったのか、スケルトンの剣の攻撃をかわすのに精一杯。間髪いれずに、スケルトンの動きを見ながら芳野が後方から援護射撃で雑霊弾を地縛霊に向けて放つ。
 息の合った攻撃を受け、雑霊弾に身体が弾かれる。
「イ。ッ。ひゃぁぁーッ!! ……い……痛いよぅ……」
 地縛霊の絶叫。痛みからか地縛霊はふらふらとよろめきながら逃げ惑う。
 しかし、月夜が、部屋から向こう側へと逃げようとする少女の行く手を阻んだ。
 ふらふらしている地縛霊に天真は間合いをつめ龍顎拳を放つ。天真の放った龍顎拳は地縛霊にぶち当たり、小柄な身体が波打った。
 その攻撃に少女のものとは思えない表情で天真を睨みつけ、反撃を返そうとする地縛霊。
「天真さん、しゃがんでッ」 
 芙美子が天真の後方から声を掛ける。天真はその声のまんましゃがみ込む、すると芙美子が天真の後方から両手に黒影剣を構え地縛霊に振りかざした。
「……少し痛いけど、我慢して」
 芙美子は地縛霊に対して囁きながら、戸惑いはなく黒影剣を振り落とす。
 可哀想だとは思うけれどもいちいち泣いてはいられない。
 ただ少女の為にできる手段はこれしかしらない、それがまた少女に苦しい思いをさせるものかもしれないが、それでもやらなければならない。
 芙美子の動きを地縛霊は気がつくのが遅く、対応しきれずに剣が肩にめり込んだ。
「キャーッ……やめて、やめて……お願い……。ママぁ……パパぁッ。起きて、おきてよーッ!!」
 地縛霊になっても痛みがあるからか、それとも事件のことを覚えているのかかなぎり声を上げる。
 まるでその姿は事件の様子を再現するような感じ。
 ふらふらと地縛霊が出口を探して高天の方へと近づいていく。地縛霊はそこをどけと言わんばかりに包丁を振りかざし、高天の胸めがけて突き刺そうとする。高天は手に持っていた箒で懇親の力を込めて地縛霊を薙ぎ払った。
「ここはあなたの在るべき場所ではありません」
 体格は7歳の少女のままの地縛霊は、高校生の力には勝てずに簡単に吹っ飛んだ。 
「辛いよね。………――――――もうすぐ楽になれるから」
 弱った地縛霊に凛音がブラストヴォイスで歌い上げる。
 凛音の歌声の攻撃はさほど攻撃力は強くない、けれども立て続けに攻撃を受けている地縛霊には辛いのか動きが鈍った。
「可哀想だけど………君はもうこの世の人間じゃないしね…」
 非情だがやるしかない。
 寿人は動きの鈍った地縛霊めがけて呪殺符を放つ。
「……やだッ!! ……や、めて……ママ……パパッ!?」
 此方にむかって来る攻撃に気がついた少女。ただ大きく目を見開き攻撃を正面から受けてしまった。
 最期に少女は向こう側の風景に何を見たのか、涙を流しながら消滅していった。
「あいちゃんッ!!」
 凛音が消滅した少女のいた場所に駆け寄る。
「一人で辛かったんだよね……寂しかったんだよね……。むこうで、お父さんとお母さんが待ってるよ?早く、行ってあげないとね!」
 大きな声でもう居ない少女に向かって叫んだ。
 その声は半分泣いていた。
 軽く鼻をすすり上げる。
 そんな凛音の肩をそっと月夜が抱いた。
 他の皆も視線を軽く伏せ、頭を垂れていた。

 静けさを取り戻した家の中。
 事後処理のするときもそれぞれに思うことがあるのだろうか、少し口が重く足取りも重い。
 それじゃぁ。と、戦いの後すぐに帰っていったのは芳野と月夜、天真。
 天真は家を出てくると、振り返りそのまましばらく眺めていた。
 少女は悪くない。ただ自分の場所を守りたかっただけ、これからもずっと変わらず笑って誕生日を迎えるはずだった。
 自分に出来ることといえば、こうして少女を向こう側へと送ってやること。
 あいちゃんはここで大きくなることはなかったけど。
 これからここに住むかもしれない子ども達はあいちゃんの分も幸せになるよ。
 ……俺は忘れないから。
「あいちゃん…誕生日おめでとう」
 そう願いを込めた誕生日のお祝いの言葉を残して、天真は背を向ければ帰路に着く。
 芳野もまた帰り道、ほんの少し重い足取りで自分と同じ年の少女のことを想っていた。
 そのうち自分も7歳になる。
 その7歳で死んでしまった少女。
 きっと怖かったんだ。
 けれどもこれで静かに眠ることができたらいいな。
 大好きなママと、大好きなパパと一緒に。
 家に残った芙美子、高天、凛音、遠湖。寿人。
 高天は持ってきていたバースデーケーキを開け、遠湖がケーキの上に7本のロウソクを立てていく。
 芙美子はささやかな誕生日会の続きでもう二度と地縛霊が現れないようにと願う。
 「…ハッピー…バースディ…あいちゃん。」
 芙美子はそっと、かわいそうな少女のことを思ってささやかに祝う。
 遠湖が暗いままつけれらることのなかった電気を変わりにつけて、少女の憎しみや悲しみがなくなるように祈り小さな声で誕生日の歌を歌う。
 高天は何も言葉はなく目を閉じ憐れな少女の地縛霊のことを想っていた。
 少女の存在を無にしないために。
 向こう側でもきっと同じように両親と少女との誕生日の続きが行われているかもしれない。けれども自分もささやかながら祝わせて欲しいと。
 同じ頃庭では寿人が庭の花壇に勿忘草をそっと植えていた。
 犯人はもう捕まったのだろうか。
 地縛霊になってしまうほど、誕生日がッ楽しみで仕方なかった少女。
 ただありきたりの日常の中で間違えて地縛霊になってしまった少女。
 私を忘れないでという花言葉。
 少女がここにいたしるしにと。
 先に家を出た月夜は、下調べしておいた一家が眠る墓にいた。
 今日は少女の誕生日であり命日。
 死んでしまった少女に生まれたことを祝うなんて、悲しすぎるから。
 少女の為に墓石を前で歌を歌う。
 喪に服す歌などしらないから柔らかい旋律の子守唄を歌った。
 昔お母さんに教えてもらった子守唄。
 安らかに眠れるように。
 その歌声はどこまでも柔らかく、夕闇の空に溶けていった。