林道の脅威〜お爺さんの宝物

<林道の脅威〜お爺さんの宝物>

マスター:ナギ


 ある田舎の林道。一人のお爺さんが日課の早朝散歩を楽しんでいた時のこと。
 前方に一頭の鹿が現れた。初めての経験にお爺さんは遠くから鹿を眺めることにした。ところが、鹿はお爺さんに気付くなり襲ってきたという。

「鹿は暴走した妖獣だったの」
 長谷川・千春(中学生運命予報士)は愛用の手帳を開いた。
「お爺さんは運良く妖獣の攻撃を避けたけど、その時足首を酷く捻挫しちゃったんだ」
 それでも妖獣相手に足を捻っただけですんで幸いと言うべきか。
 妖獣は大人の鹿と同じ大きさをしており、背中から尻尾にかけて鳥の下半身をしている。林道には毎朝四時頃現れるが、正確な出現位置は特定できない。
「林道は山に続く一本道で、ちょっとした道路になってるんだ。地面は舗装されてなくてあちこち曲がりくねってる。真っ直ぐな道は坂になってて、林道は全体的にきつい斜面だよ」
 妖獣の攻撃方法は突進による体当たりで、俊敏さと併せて地形を利用されると威力が増す。人の気配に敏感で、暴走していても隠れた相手をすぐに見つけてしまう。
「問題は、妖獣が林道の下にある農家に下りてきてるって事。その辺りは小さな里があるんだ。林が深くて、妖獣が林道のどこに出るかはっきりしない以上、待ち伏せて貰うのが一番良いんだけど、さっきも言った通り人の気配に敏感だから、そこはみんなに何とかしてほしいんだ」
 逆に、攻撃を仕掛ける事に成功すれば、妖獣は必ず反撃行動を行ってくる。この時間はお爺さん以外に人は通らない為、多少騒がしくしても問題はない。
 くれぐれも注意すべき事は、とにかく妖獣を里へ行かせないということだ。
 万が一失敗すれば、里の人が危険だ。
「あと、お爺さんは妖獣に襲われた時に、孫から貰った大切な麦わら帽子を落としちゃって、それをすぐにでも取りに行こうとしてるんだよね」
 お爺さんは普通の鹿に襲われたと思っている。元々頑健だった事から、孫からの贈り物を無理をしてでも取り戻そうとしているようだ。
「だからみんなには、お爺さんが帽子を取りに行く前に妖獣を倒して欲しい事と、出来れば帽子を無傷なままお爺さんの家に届けて欲しい事、この二つを頼みたいの。お願いできるかな?」
 そう言って千春はぺこりとお辞儀をした。

<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
伊集院・智香子(小学生ゾンビハンター・b06983)
成瀬・亮一(小学生魔弾術士・b06747)
浅瀬・黎(中学生魔弾術士・b03673)
霜路・琴葉(高校生魔弾術士・b00343)
凪・朔(高校生魔弾術士・b03750)
白珠・杏(高校生白燐蟲使い・b00653)
氷堂・蒼慈(高校生青龍拳士・b01869)
鈴木・聖斗(高校生水練忍者・b02465)




<リプレイ>


●朝に紛れて
 早朝独特の澄んだ空気が林道を満たす。もう暫くすればすぐに太陽の光が辺りを照らし尽くすだろう。
 静まりかえった林道が異形の者の存在を感じさせる。乾いた地面を踏み締め、伊集院・智香子(小学生ゾンビハンター・b06983)は俯けていた顔を上げた。
 林道は細く長く曲がりくねっている。見通しが悪い上、予想以上に斜面がきつい。予め聞いていた事とはいえ、考えが少し甘かったかも知れない。舗装されていない道路と林との区別がトラック一台分の幅しかなく、林道に居る者は奇襲の絶好の的になってしまうような地形だった。林の方もかなり深く、よもや、迷子になることだけはないだろうが、微かな不安から智香子は後ろを振り返る。
 草を踏み分ける音と持っているビニール袋との音が重なる。
 鈴木・聖斗(高校生水練忍者・b02465)が持ってきたビニール袋を右手にぶら下げ、それが歩くたび足に当たり音を立てていた。ビニール袋からは何本か燃え尽きた花火の先端が見え隠れしている。
「この先に妖獣が居ることは確かなんだな?」
 足元を探るように見ていた聖斗は顔を上げて確認してきた。智香子は頷いて返す。とはいえ、妖獣がいつ来るか迄ははっきりとしない為、索敵しつつ帽子も探してみている――というのが今の状況だった。
「皆さんの期待を裏切るような真似は絶対にしませんわ!」
 智香子は気力を奮い立たせる。悪を退治する事こそが自分の務め。とにかく行動を起こし続け、一刻も早く妖獣を見つけなければ、と使命感を燃やした。

「っと……見つかんねぇなぁ……」
 腰を折り曲げ、草むらを念入りに調べているのは凪・朔(高校生魔弾術士・b03750)だった。
「そっちあったかぁ?」
「こっちにはないみたいです」
 問いかけに答えたのは成瀬・亮一(小学生魔弾術士・b06747)。可愛らしい顔立ちが残念そうな表情に満ちている。
「連絡まだ来ないな」
 携帯電話を片手に霜路・琴葉(高校生魔弾術士・b00343)が呟く。
 携帯は電波の状態は悪いものの、通話が出来ることは確認済みだった。
 先程智香子達に連絡を取ってみたところ、まだ妖獣は発見できていない為、魔弾術士三人は妖獣が誘い込まれてくるまでの間帽子探索をしていた。
「こうなると足止め班が大いに役に立ってくれそうだな」
 琴葉の言葉に二人が同意し、……ふと、一人見掛けていないことに気付いた。

 林道の入り口付近にいた浅瀬・黎(中学生魔弾術士・b03673)と白珠・杏(高校生白燐蟲使い・b00653)は、こちらに向かって走ってくる氷堂・蒼慈(高校生青龍拳士・b01869)の姿を見つけた。
「ここで何……、」
「あの爺様は大変頑固だが話してみるといい人だ! いや、問答無用で王者の風とか使ったわけではない! だがフィーリングかつ俺の説得により爺様がここに来るのは後三分程だろう!!」
 ここで何を、と問いかける間もなく自主的な蒼慈からの説明を受け、よく解らないがお爺さんがあと三分程でこちらに来るのだけは判った黎と黎は、顔を見合わせる。
 そうこうしているうちに蒼慈は「あとは任せた!」とだけ言い、颯爽と走り去ってしまった。
「……どんな説得だったのかな?」
「さあ……」
 残された二人は首を傾げたが、始終蒼慈がズボンのベルトを弄くっていたのを、黎は見ていた。
「とりあえず、もうすぐお爺さんが来る様ですから、先に行きます」
 黎は猫変身をすませるとお爺さんの家の方へと向かう。それを見送って杏は林道の入り口を見やった。

●目標
 木々の隙間に明らかに動く動物のような姿を見つけ、智香子は咄嗟に聖斗に声を掛けようとした。が、言い終えぬうちにこちらを発見した妖獣が接近してくる。
 回避する間もなく智香子は妖獣からの重い一撃を食らった。
 こちらから先制するはずが逆に先制されてしまい、倒れ込んだ体を起こしながら智香子は歯噛みして妖獣を見る。前から見た姿は確かに鹿そのものだったが、腰から尻尾にかけて明らかに違う動物の姿をしている。これこそがまさに妖獣――、智香子にとっての、『悪』の姿だった。
 すかさず一撃を食らわせた妖獣が離れようとするのを聖斗が水刃手裏剣を放ち、止める。水が幹を削り、弾けた。
 手裏剣は妖獣に当たることはなかったが、その習性で引きつけることには充分成功した。林を見ていた妖獣は攻撃してきた聖斗に目を向けると、聖斗に向かい、突進していく。
 ――妖獣を発見した事を知らせる電話を掛けている暇はなさそうだった。

●猫とお爺さん
「こら、なんだお前は! あっちへ行け!」
 六十半ば過ぎといったところか、道路の真ん中で一人の男性がやけに懐いてくる猫を必死に追い払おうとしている。
 足元に擦り寄った黎は時折ズボンを引っ張り、ひっきりなしに老人にまとわりつく。老人は邪険に出来ないのか、困った様子で絡んでくる猫を見つめた。松葉杖をついた姿はどこか悄然としているようにも見え、きっと帽子を無くして落ち込んでいるのだろうと解釈した杏は老人の元へ走り寄った。
「すいませーん! 今、こっちに猫がきませんでしたかー?」
「猫? ……これはあんたの猫か」
 幾分げんなりとした様子で老人が杏を見つめる。杏はすかさず老人に話し掛けた。
「すみません、この子人懐こくって」
 老人に気付かれぬよう杏は足元の黎に目配せする。黎は念の為老人から離れず、杏の世間話を大人しく聞いていた。
「友人達と早朝散歩に来たんですけど途中、この子が迷子になってしまって。あ、この子タマっていうんです。かわいいでしょう?」
「こんな時間から猫連れて散歩かい? ……お嬢さんどっから来たの」
 思い切り怪しむような視線を向けられてしまい、杏は焦る。若い女の子が早朝の四時に友人と猫を連れて散歩、というのは田舎でも少し変だったかも知れない。ともあれ、趣味で押し通すと杏は無理矢理世間話を続けていった。
 耳を動かし、完全に猫になりきった黎が杏をフォローする様に動く。
 林道の方から、鳥が何羽か飛んでくるのが見えた。

●暴れ鹿
 みるみる距離が縮まり、妖獣の全貌が視認できるようになる。
 携帯での連絡は来なかったが、林の方から戦いの騒音が聞こえてきたことで妖獣の接近には気付いていた。三人は帽子探索の手を一時止め、妖獣が林道に出るのを息を潜めて待っていた――のだが。
 林を抜け、林道に躍り込んできた鹿妖獣を琴葉は正面から受け止めた。――文字通り、受け止める形となってしまった。
 誘い出し組から逃げてきたのか、林道に現れた妖獣と、猫化した琴葉が偶然衝突した。追いかけてきた聖斗が水刃手裏剣を放ち、一旦妖獣の気を逸らす。
 鹿の前足が琴葉の腹に当たり、衝撃で吹き飛んだ琴葉は起き上がる頃には人間の姿に戻っていた。
「大丈夫ですかっ?」
 猫化を解いた亮一が琴葉にモーラットを寄越す。殆ど完全な不意打ちを受けた琴葉は草と土まみれになりながら起き上がった。猫化の反射能力で鹿の足が迫った瞬間、衝撃を受け流す事は出来たが、予想外の打撃はなかなかの威力だった。腹を押さえて琴葉は立ち上がる。
「ああ」
 妖獣は再び林の中に戻ってしまっていたが、聖斗と智香子が再び林道へ誘い込もうとしていた。
「今度こそ仕留めようぜ!」
 猫化を解き、炎の魔弾を撃つ準備をしていた朔が励ましの言葉を送る。琴葉は無言で頷いた。
「そっちに行きましたわ!」
 智香子の叫び声と同時、木々の間から飛び出てきた妖獣を狙い、魔弾術士三人が一斉に炎の魔弾を放つ。
 一発は避けられ、一発は木に着弾し、もう一発は妖獣の体を炎が包み込んだ。
 三人同時に仕掛けはしたものの妖獣が坂の高低差を利用して跳躍してきた為、着弾のタイミングがずれてしまった。妖獣は攻撃を当てた者を見抜いたのか単に暴走しているが故に出鱈目に走ったのか、炎をまとわりつかせたまま真っ直ぐ亮一に向かっていく。指示で妖獣の進路上にいた亮一のモーラットが、鹿妖獣の体当たりを受けて消えた。
 炎が消えた妖獣は亮一に構わず、標的を朔にしたようだった。真っ直ぐ突進していく。脇から聖斗が鋼糸を放ち、一時的に動きの止まった鹿妖獣に――、
「麦わら帽子の心の絆、まさにハートフル!! 喰らえ爺さんの哀しみ!! ハートフル・バイオレンスマグナム!!」
 突如乱入した蒼慈の龍顎拳が叩き込まれる。
 だが、妖獣はそれをかわし、蒼慈に体当たりを食らわせる。林道の中央に立つと同時集中砲火を避け、軽々と跳躍し、亮一に体当たりする。
 亮一と入れ替わるように木の後ろに隠れてしまった妖獣は聖斗に突進し、朔にも体当たりする。暴走した妖獣の動きは掴みにくく、又、深い林が攻撃の障害となった。

●格闘の末に
 木々に防がれ、或いは妖獣自身にかわされ、随分と手間取ったものの、最終的に誰かの放った炎の魔弾によって鹿妖獣は倒れた。
 そのまま音もなく消滅していく妖獣を能力者達が見つめていると、蒼慈がどこからか麦わら帽子を拾ってきた。
『あ……』
 あれほど探したというのに、見つかった麦わら帽子は傷一つ無く、土や草まみれになった仲間を見て能力者達は笑い合った。

●お爺さんの宝物
 日の光によって大地は照らし尽くされ、蝉や鳥の鳴き声が林道に木霊する。
 入り口付近から杏と松葉杖をついた老人、猫化した黎がゆっくりと能力者達に近付いていく。
 一時間以上も老人を引きつけていた足止め班に退治班は労いと感嘆の視線を送る。年齢もばらばらな何人かの若者に老人は不思議そうな顔を向けるが、一人の手に麦わら帽子があることに気付くと慌てて近寄った。
「お前達、これをどこで……」
「林道で拾ったんです」
 代表して答えた聖斗に老人は大事そうに麦わら帽子を受け取る。
 壊れないように、包み込むように。繊細な手つきで帽子を持つ老人の表情はとても嬉しそうだった。
「有り難う、……本当にありがとう」
 老人の感謝の言葉を受けて能力者達ははにかむような笑顔を浮かべた。