眠らぬベッドのいばら姫

<眠らぬベッドのいばら姫>

マスター:黒柴好人


 パパ、ママ……。
 どうしてまだ帰ってこないの?
 わたし、こんなに苦しいのに……どうして?

「そろそろ時間だな。話を始めようか」
 倉庫のようにさまざまな物が乱雑に積まれている部屋で、王子・団十郎(高校生運命予報士)は能力者の集合を待っていた。
「運命予報士の王子だ。よろしく頼む。……ちなみに俺は高校2年だ。断じて教師や保護者じゃない。何で間違われるんだろうなぁ」
 頭をぽりぽり掻きながら団十郎は不思議そうに首を傾げた。
「まぁそれはそれとして、本題に入ろう。ある高級住宅街の一角にレトロな洋館があってだな」
 洋館は2階建てで、豪華とも質素とも言えないような、そこそこ立派な造りをしている。
 その洋館の2階の一番北に位置する部屋。中は薄いピンクを基調としたかわいらしい雰囲気に包まれている。
「その部屋のベッドに寝ると、必ず病気になるんだ」
 件の部屋には洋館が建った当時から、立派な木のベッドが置いてあった。そのベッドで一晩眠ると病気になってしまうという。
 これまでに3回、この洋館に越してきた家族がいるのだが、その全てで見られた現象だ。
 そして今、また別の家族がこの洋館に引っ越してきた。
「ここにいる地縛霊の仕業なんだが、少々気の毒な地縛霊でな」
 地縛霊の正体は7、8歳くらいの少女で名前はレイカ。レイカは病弱気味で、殆ど外に出ることはできなかった。
 ある日、レイカの両親は急用で二人とも遠出をしなければならなくなった。早く帰ってくるとレイカに告げ、実際早く帰る予定であった。
 元々3人で暮らしていたので家には一人きり。その日もやはりレイカはベッドで横になっていた。
 しかしその夜、体調が急変。レイカは誰の助けも求められず、そのまま帰らぬ人となってしまった。
「実は彼女の両親は、帰りを急ぐあまりか途中で事故にあって……亡くなっている」
 その事は当のレイカは知らず、死してなお両親の帰りを待っているというのだ。
「死後、別の家族が入居してきた際は、彼らに対して『親の帰りを邪魔している邪魔者』として、強い恨みのような感情を向けているんだ」
 地縛霊となったレイカは、既に正常な判断力など無く、何が何でも邪魔者を殺して両親を呼び戻そうとしている。
「彼女がこれ以上の罪を重ねる前に葬って欲しい」
 現在入居中の家族は、父親に母親、そして娘2人の4人家族。その内小学生の妹がレイカのベッドに寝てしまい、体を蝕まれている。
 この現象の正体は、レイカが人の目には見えない茨を被害者に巻きつけて、病気にする呪いのような力だ。
 このままでは命が危ない。その前に何とかしなくてはならない。
「上手く家の中に入るためには、姉の高校生になる女の子と仲良くなって、話をつけるのが無難だろうな」
 姉の名前は瑠那(るうな)。社交的で、誰とでもすぐ友達になれるような明るい性格の高校2年生で、趣味はカラオケやボーリング。
「彼女に地縛霊退治をしたい、なんて言っても信じないだろうから、家に入れてもらうための何か別の理由を考えてくれ」
 部屋の中は2面採光を考慮したらしく北と東に窓があり、少し動く分には申し分ない広さを誇る。
「とはいえ一般人の家の中だ。あまり暴れず的確に攻撃してくれよ。レイカは強力な力は持っていない。仲間同士でうまく協力すれば難は無いだろうと思う」
 団十郎はここまで一気に説明してふうっ、と溜息をついた。
「少し重い仕事だが、それぞれの家族のために頑張ってきてくれよ」
 開いているのか閉じているのかよくわからない目だが、真剣な眼差しを能力者たちに向け、託した。


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
外村・なる(高校生白燐蟲使い・b00769)
栢迂・テン(小学生白燐蟲使い・b03806)
橋野・茜(中学生フリッカースペード・b00408)
黒執・躑躅(高校生魔弾術士・b04534)
東堂・琢己(高校生魔剣士・b05744)
如月・忍(高校生魔剣士・b05936)
白鷹・ミコト(小学生魔弾術士・b06163)
楊・梨花(高校生霊媒士・b03763)




<リプレイ>


●とある日の出会い
「えと、瑠那さんでしゅか?」
「ほえ?」
 午後4時過ぎの市街地に程近い私立高校。その校門前で複数人の男女が一人の少女に声を掛けていた。
「そうだけど、あなたたちは?」
 瑠那と呼ばれた少女は、不思議そうな顔をしながら年もまちまちな集団に向き直った。
「初めましてでしゅの。あの、わたくし達、妹さんにいつもお世話になってましゅの」
 集団の一人、白鷹・ミコト(小学生魔弾術士・b06163)が笑顔でそう言った。
 勿論、それは地縛霊を退治するための嘘なのだが。
「あぁ、莉々菜のお友達の子だね。はじめまして!」
「そう。りりな、の友達なのですよ。よろしくなのですよ」
 栢迂・テン(小学生白燐蟲使い・b03806)が復唱するように答える。現在、地縛霊と化したレイカに体を蝕まれている瑠那の妹は莉々菜というらしい。
「私はこの子の姉で、なるって言うの。よろしくね!」
 テンの後ろからすっと出てきたのは外村・なる(高校生白燐蟲使い・b00769)だ。ミコトとテンの小学生チームの兄弟、という設定になっている。
「はじめまして。同じく、茜です」
 小さな包みを両手で持って、ぺこりと挨拶をする橋野・茜(中学生フリッカースペード・b00408)。どうやらお見舞いの品を持参してきたようだ。
「躑躅です、よろしくお願いします」
 さらに同じく姉設定の黒執・躑躅(高校生魔弾術士・b04534)。流石に多いかもしれないが、瑠那はそれほど気にしてはいない様子。
「私は三人の友達の梨花と申します。よろしくお願いしますね」
 そしてもう一人、静かな佇まいで挨拶をしたのが楊・梨花(高校生霊媒士・b03763)、なると茜の友人役だ。
「莉々菜さんの具合が悪いと聞いたので、お見舞いに行きたいと思いましゅの」
 ミコトが笑顔を保ったまま瑠那の家に上がらせてもらえないかどうか、お願いをした。
「そうなんだ、心配かけてごめんね。いいよ! 莉々菜も喜ぶだろうから!」
 瑠那は二つ返事であっさりと承諾した。

●洋館と姉妹
「最近のアーティストだと誰がお好きですか? 私は……」
「あ、その人あたしも好き。ライブにも行ったよ! あとねー……」
「私もカラオケでよく歌うよ。いいよね、あの人」
「今流行っている曲ですけど、あの曲は……」
 梨花となる、茜は、瑠那を挟んで仲良く話に花を咲かせていた。もう既に打ち解けているあたり、凄いとしか言いようがない。
 学校から件の洋館までは歩いて30分程度の場所にあった。その間、彼女たちは始終盛り上がりっぱなし。
 たまにミコトとテンに莉々菜の事を聞かれたりしてヒヤっとした場面もあったが、何とか乗り切ることができた。
「ここがあたしの家だよ。びっくりした?」
 普通の家よりも明らかに大きな門をくぐった先に、“彼女の家”はあった。壁の一部分に蔦が走っていたり、良い感じに色褪せている屋根など、その造りはそこそこ古いものである事がわかる。
「今はお父さんとお母さんはいないんだ。共働きで、夜遅くまで帰ってこないの」
 その言葉を聞いて一同はちらりと目を合わせ、安堵の息を漏らした。戦闘が発生する現場の近くにいる一般人は少ない方が安心できる。
 ミコトたちは瑠那に促されて洋館の中へと入っていった。……その僅かな間に、訪問客が増えていようとは。
 茜のアイコンタクトにより、予めイグニッションして待機していた東堂・琢己(高校生魔剣士・b05744)と如月・忍(高校生魔剣士・b05936)は闇纏いを使って、瑠那に悟られる事なく洋館に潜入することに成功した。
「とっても広いのです。莉々菜はどこにいるのですか?」
 物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回していたテンは、瑠那に尋ねた。
「ん、こっちだよ! こんなにお見舞いに来てくれるのははじめてだから、びっくりするだろうね!」
 彼女は悪戯っぽく笑うと、6人(と2人)を2階の奥の部屋へと案内した。
 こんこん、とノックをするが返事は返ってこない。「きっと寝てるんだよ」と扉を開ける瑠那。
 部屋の中は片付いており、特に大きな家具が置いてあるわけでもない。唯一大きな家具は、ベッド。各所に細かい彫刻が施されており、見るからに高級そうなベッドだ。
 そのベッドの上で少女が眠っていた。顔は白く、快適な眠りとは程遠い表情を浮かべている。
「病名はお医者さんでもよくわからないみたい。だからちょっと不安なんだ」
 瑠那はこれまで見せなかった、弱気な表情を見せた。
「そうなんだ……」
 なるをはじめ、この場に居る全員が思う。
(「もう少しで楽にしてあげるよ……」)
 一瞬の沈黙。
「そうだ! あまり大勢でいると妹さんも疲れるだろうから、他の場所で話をしない?」
 なるがその沈黙を破り、瑠那に提案する。
「そうですね。それにしても、この洋館素敵ですね。もし良ければ他の所も見せてもらえませんか?」
「私も、この洋館に興味を持ちました。私は趣味で風水占いをしています。妹さんの病気が良くなるように、お宅の家相を見て差し上げますね」
 茜と梨花もなるに続く。実際洋館と言うのも珍しいもので、中を見て回りたい……というのは口実で、ここから瑠那を遠ざけなくてはならないのだ。
「そう? じゃ、案内するね!」
 元の元気な顔に戻った瑠那は、扉を開け、外に出る。
「あ、テンも行くのです」
 テンがとたとたとその後をついていく。その際、テンはミコトに目線を送った。
「わたくしはもう少しここに残っているのでしゅ」
「私も、ミコトに付き添います」
 ミコトと躑躅はその場に残ることを告げた。
「わかったよ。もし起きたら話をしてあげてね」
 なる、茜、梨花、そしてテンは瑠那を遠ざけるため、部屋から出た。
 そしてこの場にはミコトと躑躅が残った。いや、正確にはあと2人……。
「コソコソするのは性に合わんな……」
 魔剣士の本業能力である闇纏いを解いた琢己が少し苦い顔をして言う。
「ここにレイカがいるんだな」
 同じく闇纏いをしていた忍が能力を解く。
「では私たちも。イグニッション!」
 躑躅とミコトはイグニッシィンカードを掲げ、叫んだ。すると瞬時に詠唱兵器が装備される。
 間もなく、部屋に異変が起きた。部屋中に茨が覆い始めたのだ。
「これは……。現れたか!」

●悲劇の姫と王子たち
 それはベッドに座っていた。長く、ややウェーブのかかった髪。ネグリジェのような洒落たパジャマを着た少女。足からは長く伸びた鎖……。
「レイカ」
 忍は一歩前へ出て、不気味なオーラを醸し出している少女――レイカに語りかけた。
「これ以上人を傷つけてはいけない、そんな事を君の御両親が望んでいるはずが無い」
 躑躅もやさしい口調で説得を試みようとする。
「あなたの両親はもう、ここには帰ってきません。ですから、ここに居る理由は……」
「うるさいっ!!」
 レイカはまるで聞く耳を持たない。二人を一蹴すると同時に茨を叩きつけてきた。
 彼女に限らず、ゴーストを説得することは残念ながら不可能なのだ。
「くっ、やはり説得はできないか」
 忍と躑躅はぎりぎりのところで茨をかわすと、咄嗟に詠唱兵器を構えた。
「あなたたちがパパとママを! 出てけ! 返せぇ!!」
 レイカは完全な殺意を剥き出しにして忍たちを睨み付けた。
「ゴーストは、ただ屠るのみ……それだけだ」
 言うと同時に琢己は長剣を構え、一気にレイカとの間合いを詰める。
「もはや汝に……」
 襲い掛かる茨を剣で巧みに捌きつつ、一閃!
「この世に生きる資格は無いのだよ」
 攻撃は的確に命中し、レイカは苦悶の表情を見せるものの、まだ倒れない。
「レイカさん……ご両親は待ってましゅの。貴女が自分たちの元に来るのを。天国で……今までずっと……」
 今にも泣きそうになりながらも、ミコトは呪殺符を放つ。ミコトの攻撃はレイカにとって痛烈な一撃となった。しかし。
「ゆるさない……ユルサナイ!!」
 足元をふらつかせながらも、まだ抵抗をやめる気配がない。反撃とばかりにミコトに飛びかかろうとする。
「危ないですわ!」
 直前で躑躅の攻撃が命中し、攻撃の機会を失うレイカ。
「もし、退治するしかないのなら……退治することが唯一の救いだというのなら……」
 剣に闇のオーラを纏わせる忍。
「それは偽善だ……そして、エゴだよ」
 黒影剣を静かに、確実に振り下ろす。
「パパ……ママ……」
 それがレイカの最期の言葉になった。
 部屋を覆っていた茨は消え、レイカ自身も徐々に薄れ、消えていった。その顔はどこか安らかなものに思えたのは気のせいか。
「これでやっと……荒ぶる魂はしずまり、心安らかに……なれましたか?」
 躑躅は天井を仰ぎながら呟いた。
「おやすみ、レイカ」

●眠ったプリンセス
「莉々菜は家ではどんな子なのですか?」
「うーん。よく家の手伝いとかしてくれるし、我が妹ながらよくできた子だよ! あ。テンくん、莉々菜のコト気になってるのカナ?」
「いや……そんな事はないのですよ」
 洋館のリビングでテンと梨花は瑠那とお茶をしていた。
「素敵なお屋敷でした。風水的にも問題はなさそうですし」
 瑠那と一緒に洋館内を巡っていた梨花は、やはり風水チェックを欠かさなかった。アドバイスをしたりして瑠那を関心させていたらしい。
 携帯電話のメールでレイカを倒した事を知った瑠那引き付け班のなると茜は、テンと梨花を残してさりげなく莉々菜の部屋の片付けへ向かっていた。
 しかし、戦闘班の行動が静かだった事と、元から整理された部屋だったためあまり散らかることはなかった。
「疲れているのにまだ働かせるか」
 と、琢己は愚痴ったりしているものの、しっかりと真面目に部屋の破損箇所はないかどうかなどの後処理をしていた。
「こんなものかな。うん、綺麗になったね」
 なるも片付けを手伝い、部屋はすっかり元の姿にもどっていた。
「……お大事に」
 莉々菜の様子を見に来た茜は、先ほどよりも血色が良くなっている事を確認して、ほっと安心した。
「これが、俺の望んだ終らせ方だったのか……?」
 一方忍は、頭を悩ませていた。
「レイカの不幸な人生には多少の同情はするが……地縛霊になってからの行動には、同情の余地は全く無い」
 そう割り切れ、とばかりに琢己が忍に語る。
「きっとレイカさんも幸せでしゅわ。やっと、ご両親に会えるんでしゅもの」
 ミコトはそんな二人ににっこりと笑いかける。
 片付けを終え、琢己と忍は再び闇纏いを使い、こっそりと洋館を辞した。
 その他の6人も、もう一度莉々菜の部屋へ行き、具合を見てから別れの挨拶をした。

 その日の夜。
「……あ」
「ん、起きた? 今日ね、あたしの友達とその妹さんたちがお見舞いに来てくれたの」
「そうなんだ……。おねえちゃんのお友達の妹さんに、お礼を言っておいてね」
「何言ってるの、きちんと病気を治して学校で自分でお礼を言うんだよ?」
「そっか、えへへ」
「あははっ!」
 姉妹の笑い声が家に響き渡った。きっと莉々菜は能力者たちのお陰で順調に快復することだろう。
 そしてレイカも……。