宝の山に平安を

<宝の山に平安を>

マスター:月白彩乃


 豊かな大地には小動物の小さな足跡が、立派な樹木には雄々しい昆虫と、じわじわと鳴く蝉の姿が、枝には羽を休める小鳥の姿があった。豊かな森は、子供にとって――子供心を忘れぬ大人にとっても――まるで宝の山のようだ。
 時折、昆虫採集に来た子供たちの笑い声が響くその中で、草むらがひとりでにがさりと鳴った。背の高い草の中から、ぴょこんと長い耳が覗く。それは草をかきわけて道の方へと進み、やがて、その姿を現した。
 丸みを帯びたフォルム。実にさわり心地の良さそうな毛並みをしている。茶色くて小さな体は、しかしそれに似合わず、大きくて太い四肢を持っていた。地面をしっかりと蹴るための鋭い爪まである。つぶらな瞳は虚ろに濁っていた。地を蹴り土を跳ね上げ、重い足音を立てて、それは風のように駆け、森の中へと消えていった。

「早速ですが、説明させていただきます」
 ぺこりと一礼の後、藤崎・志穂(高校生運命予報士)は可愛らしい兎のぬいぐるみを取り出した。どうやらそれは可愛い物好きの彼女の私物らしいが、集まった能力者たちは、あえて言及せずに見なかったことにした。
「昆虫採集教室の開かれている小さな森に、野うさぎ型の妖獣が現れました」
 ぬいぐるみはそのままに、きりりと表情を引き締めて、志穂は話を始めた。
「大きさは普通の野うさぎ程度ですが、四肢と爪が異常に大きく強く発達し、そこだけ猛獣のようになっています。妖獣はそれを使い、とても素早い動きをするんです」
 志穂はぬいぐるみの足の部分を指差しながら、妖獣の特徴を説明する。
「昆虫採集教室は、地元の方々が地域振興のために開いているものです。一日かけての日帰り教室で、高校生以下の子供なら500円で自由に参加できます。夏休み中の小学3年生〜6年生、それに中学生も数人、計男女12名が参加予定のようです。みんな元気で人懐っこい子供たちです」
 にこりと笑んで言葉を切り、志穂はちらりと時計を見やった。
「今からなら、今日の昆虫採集教室のバスに、間に合うと思います。行きのバスの中で子供たちと仲良くなってみるのも良いかもしれません。子供たちには無事に採集を楽しんで欲しいですし、被害が出ないうちに、子供たちを護りながら退治してください。素早い相手ですが、言い換えれば素早いだけの相手です。皆さんなら大丈夫だと信じています」
 言いきって、信頼の眼差しを能力者の面々に送る。
「退治した後は一緒に昆虫採集を楽しむのもいいと思います。子供たちのためにも、ひと夏の想い出にも、頑張ってくださいね」
 そう言って、志穂はふわりと柔らかく微笑んで見せた。


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
グラディス・グラディウス(中学生ゾンビハンター・b04519)
シュネー・アウターゼーエン(小学生フリッカースペード・b01495)
遠野・亞理沙(中学生青龍拳士・b06792)
笠雲・いつか(中学生霊媒士・b00401)
空木・茜(高校生ファイアフォックス・b02629)
紅樺・槐(高校生魔剣士・b02855)
十七夜・空(中学生白燐蟲使い・b03739)
天道・矜恃(高校生魔剣士・b06410)




<リプレイ>



 澄み渡る青の中、白い綿雲が泳いでいく。気持ちのいい空の下、能力者たちは目的のバスが来るのをバス停で待っていた。
「昆虫採集なんて何年ぶりだろうなぁ……」
 懐かしげに呟き、紅樺・槐(高校生魔剣士・b02855)は森の方を見やった。
「子供ばっかりで出かけるの、楽しそうです。友達できるかな?」
「きっとできるよ。今日は頑張ろうなっ」
 期待に胸をわくわくさせているグラディス・グラディウス(中学生ゾンビハンター・b04519)の声に、天道・矜恃(高校生魔剣士・b06410)は元気に答えて笑う。
「お兄ちゃんたちも、一緒に昆虫採集に行くの?」
 バス停に並んでいる、昆虫採集教室の参加者の少年が問いかけてくる。
「そうだよ。ボクたちは同じ学校の生徒で、グループ研究のために参加したんだ」
 明るく笑って答えた遠野・亞理沙(中学生青龍拳士・b06792)に続き、
「決して夏休みの宿題が危ない組とかではありませんよ?」
 笠雲・いつか(中学生霊媒士・b00401)が少々おどけたように言葉を繋いだ。
「バス、来ましたよ」
 十七夜・空(中学生白燐蟲使い・b03739)の声に、そちらを見れば、乗る予定のバスの姿が見えていた。
 教室に参加する子供たちと一緒に、バスに乗り込む。
「ボク色んな国行ったけど、日本は初めてなのね。どんな虫がいるのね?」
 シュネー・アウターゼーエン(小学生フリッカースペード・b01495)の言葉に、近くの子供たちが驚きの顔をする。
「色んなのがいっぱいいるよ! 外国にはどんな虫がいたの?」
 話に乗ってくる子供たち相手に、シュネーは自分の行った国の話をし始めた。
 別の所では、空木・茜(高校生ファイアフォックス・b02629)が子供たちと盛り上がっている。
「皆はどんな昆虫を採りに行くんだ?」
 茜の問いに、子供たちは口々に答えを返していた。
「それじゃあ、その昆虫が沢山いる場所、知ってるか?」
 その様子を見て笑いながら、茜は更に問う。槐も別の子供たち相手に、同じ質問をしているようだ。
 情報収集を兼ねた会話は採集の期待も相まって弾み、すぐに皆打ち解けて、バスの中はにぎやかになっていた。


 柔らかな木漏れ日に溢れる森の中を、皆は教室の参加者と共に進んでいた。
 そろそろ行動開始だ、と、皆は互いに目配せする。
「ごめんです〜っトイレどこですか〜っ我慢できないです〜!」
 グラディスの上げた声に、一行の足が止まった。
 そばにいた少女が、トイレの場所を教えてくれる。
「一人は寂しいです〜道に迷うから何人か来て欲しいです〜っ」
 グラディスの訴えに、亞理沙、いつか、空の三人が名乗りを上げ、グラディスと共に来た道を戻り始めた。
「ねー、研究の打ち合わせ、まだしてないよぉ?」
 はた、と思い出したように、シュネーが切り出す。
「忘れてたね。追いかけるしかないかな」
 肩をすくめて矜恃が言い、残念がる子供たちを、すぐに戻るから、と槐と茜がなだめた。
 教室を抜けた皆は、充分に離れたところで、輪になり、中心に地図を広げる。茜や槐が聞き出した情報を元に、妖獣の現れそうなポイントに印をつけていった。
「大切な宝物は、僕たちで守りましょう」
 空の言葉に、皆は大きく頷く。
 いつかを残して、皆はイグニッションカードを掲げた。
「イグニッション!」
 力強い声が、重なり響く。
 声と共に、各々の手に武器が、従えるゴーストの姿が現れた。
 さっそくグラディスは、ゴーストの気配を探り始める。
「見つけたですっ! あっちですよ!」
 ゴーストの存在を感じ取ったグラディスは東の方を指差して言う。
「それなら、この辺りにいる可能性が高い、か?」
「そうだね。付近を捜せば、見つかるかもしれないよ」
 東側のマーキングを指差して言う槐に、亞理沙が同意を返し、他の皆も頷いて答えた。
「それなら俺たちは……その少し先で待ち伏せしよう」
 言って、茜は空と共に待ち伏せ位置を地図で確認する。
「では、私たちはその反対へ子供たちを誘導しますね」
 子供に警戒されないようイグニッションしなかったいつかが言う。
「あのねモーラン。おにーちゃん達はボクの大事な仲間なの。だから一緒に行って、怪我を治して欲しいのね」
 シュネーが自分に寄り添うモーラットに語りかけると、モーラットはこくこくと頷き、主人の下を離れて茜と空に付き添った。
 モーラットを預かり、茜と空は待ち伏せ場所へと駆けていった。
「グラディス、妖獣の位置は変わってないな?」
 意識を戦闘に集中するため切り替えた矜恃が、冷静に問いかける。
 グラディスはしっかりと頷いて答えた。
「子供たちの方は頼んだぜ」
「なるべく早く戻ってくるからね!」
 槐と亞理沙が二人に声をかけ、グラディスを先頭に、矜恃、槐、亞理沙が森の中へと消えていく。
 それを見届けてから、いつかとシュネーは急ぎ教室の方へと戻り始めた。
 シュネーは声の届く範囲まで戻り、ギターをリュックに隠して、安全な場所へと子供たちを誘い出すために立ち止まった。
「緑のカブトムシ発見なのね〜♪」
 すうっと息を吸い込み、シュネーは大声で「皆、こっち来て見て見て♪」と主張をこめて歌った。
 それを聞いた子供たちが、新発見の報告にすっかり興奮し、わらわらとシュネーの元に集まってくる。
 やってきた子供たちに、シュネーが誇らしげに見せたのは、戻る途中で捕らえた、緑色の――カナブンだった。
「それ、カナブンだよ!」
「えー、違うのぉ?」
 子供たちの落胆の声に、シュネーはきょとんとした顔で首を傾げた。
 残念そうに、元の所に戻ろうとする一部の子供を、
「さっきの所には蜂がきていたので危ないですよ」
 いつかが優しく声をかけ、さりげなく制した。
「それより、向こうに大きなセミが飛んでいったのですけど……」
 目線を合わせて微笑むいつかの言葉に、子供は目を輝かせながらいつかの指した安全な方向へと駆けていった。
 二人の働きにより子供たちを戦闘の場から引き離すことは、成功したようである。


 マーキングした地点まで来た、槐、矜恃、グラディス、亞理沙の四人は、微かな物音や痕跡も逃すまいと注意深く妖獣の姿を探していた。
 風に揺られて、さわさわと緑葉が鳴る。鳥が枝から飛び立っていく音が耳に届く。
 それに混じって、微かに、大きく茂みの揺れる音がした。
「今、変な音がしたよね」
 それに鋭く気付いた亞理沙が、音の聞こえた方へと足の向きを変えた。三人も亞理沙の後に続いて草木をかきわけ、進んでいく。
 道なき道を抜け、遊歩道に出た途端、四人は『それ』の濁った瞳と、目が合った。
 互いに一瞬硬直し、刹那を置いて、四人が動き出す。同時に、妖獣も駆け出していた。
「アレ、ですか? かわいくないです……!」
 逃げる妖獣を追いながら、グラディスが怒りを孕んだ声でこぼす。
「あっち、追い込むぜ」
 待ち伏せ場所の方を指差しながら槐は言う。
 その声に応えるように、矜恃が黒影剣を繰り出した。振り下ろした剣は、妖獣の斜め後ろの地面に突き立てられ、土を散らせる。
 妖獣は驚きにびくりとはねて、剣から逃れるように体の向きを変えた。
「これでいいだろう」
 あくまで冷静に妖獣を見据え、矜恃は地面から剣を抜く。
 矜恃とグラディスが中央から、槐が左、亞理沙が右から、待ち伏せ場所へと追い込んでいく。
 妖獣に注意しつつ、槐は携帯電話を取り出し、待ち伏せている仲間に連絡を入れ始めた。


「はぁ……待つだけって辛いなー」
 森の静けさの中、茜のため息混じりの声が響く。
 できる限り気配を消し、辺りに気を配り、茜と空は茂みに身を隠していた。
「頑張りましょう。僕も持ち前の地味さで頑張りますし!」
 笑顔でぐっと拳を握って言った後、空は自分の言葉に少々落ち込み、肩を落とした。
 ――茜の携帯が槐からの着信を知らせたのは、この時だった。
『今そっちに追い込んでる! 足止め頼んだぜ!』
 着信を受けるなり、槐の声が入ってくる。
 こぼれ聞こえるその声に、空は警戒を高め、しっかりと武器を握り直した。
「わかった。待ってるからな!」
 武器を構えながら、茜は携帯の向こうの仲間に向けて言う。
 念のため通話は繋いだままで、茜と空は迎撃に向けて集中する。
 妖獣の姿を視界に捉えるなり、二人は茂みから飛び出した。
「兎さんの脚は、僕が封じます!」
 力強く言い、空は気合と共に白燐蟲を解き放った。
 放たれた白燐蟲は鋭く妖獣に迫り、その脚に食らいつく。 
 妖獣は奇妙な悲鳴を上げながらその場で動きを止めた。
「ここから先は行かせない……! なんてね」
 にっ、と不敵に笑みを浮かべる、茜のガトリングガンが火を吹く。
 ばらまかれる弾丸が、妖獣の足元や地面に着弾し、妖獣の動きをその場に縫い付けた。
 攻撃の音に反応して、木々に止まっていた鳥たちが、一斉に羽ばたいていった。


 森の一角から、唐突に鳥が幾羽も飛び立っていく。
 不自然な光景に、少年が訝しげに眉をひそめた。
「大きいお兄さんが木を揺らしたのかもしれませんね。ここでやってみますか? 虫、降ってくるかもしれませんよ」
 それに気付いたいつかは、少年が離れていかないように傍の木を軽く叩いて言った。
 他にも鳥の動きに気付いた子供が教室の先生と共に不思議がっていたが、シュネーが色々と質問をすることで話をそらすことができた。
 二人は自身の役割をこなしながら、仲間の安否を気遣い、鳥が飛び立った空を見つめた。


 妖獣の足を止めていたその間に、別れていた仲間と合流し、妖獣を取り囲む。
 妖獣は警戒し毛を逆立てながら、皆を虚ろな瞳で睨めつけていた。
 六人は妖獣の動きを充分に警戒しながら、じりじりと包囲を縮めていく。
 先に攻撃をしかけたのは、妖獣の方だった。奇声を上げて、正面にいた矜恃に爪を繰り出してくる。
 警戒していた矜恃はとっさに後ろに跳んでそれを回避した。
「食料にならない生き物は、自然には必要ないです」
 容赦なく言い放ち、グラディスがロケットスマッシュをぶちかます。
 まともにくらって倒れた妖獣は、敵わぬと感じたのか、包囲から逃げ出そうとした。
「逃がさないよっ!」
 妖獣の動きをきちんと追っていた亞理沙が、素早く妖獣の行く手を阻み、龍顎拳を食らわせる。
 どごっ、と鈍い音を立て、拳は妖獣の体を打った。
「俺がケリつけてやらぁっ!」
 とどめをさすため妖獣に迫り、槐が闇のオーラを纏って剣を振り下ろす。
 その剣に身を裂かれ、耳障りな断末魔を上げて、妖獣がその姿を失っていく。
 戦いは、今ここに、終わりを迎えた。


 イグニッションを解き、教室へと帰ってきた彼らを迎えたのは、少々気圧されるほど元気の有り余った子供たちだった。
 色々な意味でほっとした顔をしているシュネーといつかを見て、
「この戦いで一番苦労したのって子供誘導組かもな」
 と、茜は呟き、二人に感謝を述べた。
「おかえり、モーラン」
 自分の元に戻ってきた今まで隠れていたモーラットに、シュネーは労るように声をかけ、イグニッションを解いた。
 少年の一人が、槐に見せるようにカブトムシの入った虫かごを差し出す。
「すごいな。俺も昔は結構上手かったんだぜ、採るの」
 槐はかごの中を覗き込みながら、褒めるように子供の頭を撫でた。
 それを聞いた子供が、誰が一番大きいの採れるか勝負しよう、と提案する。意気込む少年を見て、槐は笑った。
 矜恃も一緒に勝負しようと少年に誘われ、
「ボクだって大きいの採って見せるさ。負けないからなっ」
 と、元気よく一緒に虫取り網を持って駆けていく。
 シュネーは子供たちとセミを追いかけながら、途中で妖獣が消えた方向へと、手を合わせた。
 この森自体が、墓標になるだろう、と、ただ静かに追悼した後、振り切るように再びセミを追い始めた。
「ねぇ、日本の虫ってどれが食べられるんですか〜?」
 グラディスはきょろきょろと虫を探しながら、そばにいる少年に問いかける。
 網でセミを捕まえながら、少年はここには食べられるのはいない、と笑って答えた。
「え〜?! 食べないですか〜。う〜ん、このセミってのも油で揚げると美味しそうですよ?」
 網の中のセミを見て言うグラディスに、少年は、食べるのは止めようと必死に訴えかけていた。
 空は子供たちと力を合わせ、採ることのできた大きなカブトムシを、てのひらに乗せて眺めている。
「これが、カブトムシ……僕の蟲と、仲良くしてくれるかな……」
 雄雄しい姿にどきどきしながら、ぽつりと呟く。
 じんわりと熱くなる胸に、自身の中の蟲が、喜んでいるような気がして、空の胸は快さに満たされた。
 亞理沙はクワガタを採るのに、子供たちと奮闘している。
 さんざ苦戦し、ようやく捕らえた時の喜びは言葉にできないほどだった。
「やっぱり、夏の思い出は楽しくなくっちゃ」
 虫かごの中のクワガタを見て、子供たちと笑いあいながら、亞理沙は喜色満面、至極楽しげに言った。
 寸でのところで虫を採り逃してしまったいつかは、空の網を見てうーん、と唸る。
「やはりテレビゲームや蝿取り紙などとは違いますね……」
 困っているいつかに、少女が手をかしてくれる。協力を得てカブトムシを捕らえたいつかは、それをかごに入れ、スケッチブックを広げた。さらさらとスケッチしていく様子を、子供たちが面白そうに眺めていた。
 楽しい時間はあっという間に流れ、教室も終わりの時間を迎える。
 帰りのバスの中は、行きと同様、にぎやかで、皆の顔には屈託のない笑顔が浮かんでいた。
 かけがえのない想い出を手に入れた、言い知れぬ満足感に満たされ、自然と、頬が緩む。
 彼らは確かに、大切な宝物を守り切ったようだった。