殺戮ドクター

<殺戮ドクター>

マスター:東城エリ


 月明かりに照らされて浮かぶ巨大な影は、閉鎖されてから随分と経つ廃病院だ。
 病院が閉鎖されたのは、気のふれたドクターが、手術用メスで次々と患者を殺したのが原因であるらしかった。

 病院内では、殺戮の宴を行った証拠なのか、壁という壁が血で赤く染められているという。
 夏という時期、怪談話に花が咲く少年達の興味を惹くには十分な場所だった。
「ねぇ、やめようよ……」
 病院内に一歩足を踏み入れた時から、外と中の雰囲気ががらりと変わったのが分かった。
 しんと冷えた空気が鳥肌を立たせたのを、気のせいだと内心いい聞かせ、少年は腕をさすっている。
 一歩一歩、踏みしめるたびに床に散らばったガラスが砕け、耳を刺激する。当時は清潔感を保ち存在していたのだろうが、管理の行き届かなくなった今では荒れ放題だ。
 さあっ、と廊下に夜風が流れ込む。何かを感じ、振り返った少年は、背の高い男がストレッチャーを引いて近づいて来ているのを見た。
「ひっ……!」
 白衣に身を包んだ男は、繋がった鎖をじゃらりと音をたてながら腕を振り上げる。
「よっちゃん!」
 少年は思わず親友の名前を呼んだ。
 先頭を歩いていた少年が気づき、白衣の男と親友の間に割って入る。
 ざしゅっ、と音がした。
「逃げて……、ゆうちゃん……」
 朦朧とする意識の中、胸から大量に吹き出す血を手で押さえながらいった。
「む、無理だよ! よっちゃんを置いていくなんて……!」
 赤く赤く染まっていく血溜まりを見つめながら叫んだ。
「だ、誰か、誰か助けて……!」

「皆さん、それじゃ、説明させていただきますね」
 藤崎・志穂(高校生運命予報士)は、小会議室に集まったメンバーを見渡す。
「今回、向かっていただくのは、閉鎖された大病院です。この場所に肝試しに行った少年達が地縛霊に捕らえられています。ただ……全員無事というわけではなく、少年が一人、地縛霊に殺され、亡くなっています」
 そういって、志穂は痛ましそうに目を伏せた。
「少年達が捕らえられている場所は、地縛霊が縁の深い場所、2階にある手術室です。2階には手術室が3部屋ありますが、手術室の前室扉を抜けて、いちばん奥にある部屋が大手術室です。各階にある案内板を見れば、迷う事はないと思います」
 志穂は両手を胸の前で合わせ、祈るようにしていった。
「捕まってる少年達は手術台の上に寝かせられ、地縛霊が持つ注射器で1時間に1回、少しずつ血を抜かれています。地縛霊が何をしたいのかは判らないですが、早く病院に連れて行って輸血してあげなければ、少年達の命が危険です。廃病院についてから、2時間以内に地縛霊を倒して、少年達を救い出して下さい」
 志穂は声のトーンを落とし、地縛霊の能力について説明する。
「自縛霊の攻撃手段は、長い腕と長く伸びた鋭い爪です。地縛霊のテリトリーに入ると、無人のストレッチャーが突っ込んできたり、注射器が降ってきたり、来客用スリッパの残骸が張り付いてくる……といった妨害があるので注意して進んで下さい。少年達の救出と地縛霊の退治、大変かと思いますが、よろしくお願いします」


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
イド・ルクセンベール(高校生ゾンビハンター・b06956)
鬼塚・龍也(高校生魔剣士・b03442)
逆上・夜刀(中学生魔剣士・b04904)
久遠寺・紗夜(高校生符術士・b05369)
神河・悠真(高校生魔剣士・b03645)
神田・竜司(高校生青龍拳士・b00781)
鳴守・双真(高校生魔剣士・b00413)
有寺・燵也(高校生青龍拳士・b05652)




<リプレイ>


●突入前
「ここだな」
 イド・ルクセンベール(高校生ゾンビハンター・b06956)は、月明かりに浮かぶ巨大な廃病院の姿を見上げいった。これから起こる出来事に期待に胸を膨らませながら。
「…貴方の大切なお友達、必ず助けてあげますからね…」
 久遠寺・紗夜(高校生符術士・b05369)は、少年達の無事を祈りながら、ちいさく呟いた。腕時計のアラームをセットし、時間を確認する。リミットがある以上、迅速に行動をしなければならないからだ。
「出来るだけ早く少年達を保護したい」
 クールな印象を持つ神河・悠真(高校生魔剣士・b03645)は、これから侵入する大病院を睨めつけた。
「時間は限られている。手早く片づけよう」
 少し離れた場所にいる紗夜を心配そうに見つめるのは逆上・夜刀(中学生魔剣士・b04904)だ。
「少年達の命が最優先」
 神田・竜司(高校生青龍拳士・b00781)は、確かめるように鍛えた拳をぎゅっと握りしめる。自分のなすべきことを遂行するために。
「向こうは待ちかまえているようだな」
 有寺・燵也(高校生青龍拳士・b05652)は、突風に煽られ、正面玄関の扉がゆっくりと開いたのを見ていった。
「……行くか」
 メンバーを見渡し、鬼塚・龍也(高校生魔剣士・b03442)はイグニッションカードを取りだす。
「ああ、班分けした通りに行動だ。いくぞ! イグニッション!」
 鳴守・双真(高校生魔剣士・b00413)は、イグニッションすると、イド、龍也と共に先行する。
「私達も行きましょう」
 病院内に潜入する後ろ姿を見送ると、直ぐに追いかけるべく他のメンバーもイグニッションし、後を追った。

●突入
 じゃりっ、と床に散らばったガラス片が音を立てた。
 病院内に踏み入れてすぐ、イドが不快そうな表情を浮かべた。
「近すぎて分からねぇ……!」
 死人嗅ぎをしようとしたのだが、あまりにも近くにいるために方向が分からないのだ。

「そうか。すでに、奴のテリトリー内ということか」
 龍也はそういって納得すると案内板を探した。周囲を見渡し、壁に掛けられているのを見つける。
 イド、龍也、双真は周囲に警戒しながら、案内図板に近づいた。
「俺達がいるのはここか……、ということは、右奥の階段を上っていくのが最短コースになるか」
 双真が、埃で汚れた案内板に指でなぞっていく。
「最短距離とはいえ、かなり遠いな。廊下の片側に診察室が並んでいるから、妨害には気をつけないとな」
 龍也が途中にある部屋の数を指していう。それだけ数が多ければ備品等もかなり残っている可能性があるからだ。多ければ多いほど、地縛霊の道具にされる。
 目的場所である大手術室を頭の中に叩き込むと、イドは龍也と双真にいった。
「いくぜ!」
 龍也達の後ろ姿を追いながら、護衛班の夜刀、紗夜、悠真、搬送班の竜司、燵也も後を追う。
 メンバー全員が、長い廊下へと足を踏み入れたとき、空気の冷たさが一気に増した。

 地面に散らばったガラス片が微かに震える。
 地縛霊の操る力によって、テリトリー内にある物が引きずられているのだ。
「来るぞ!」
 双真が飛んでくるスリッパの残骸を長剣で切り捨て、メンバーを振り返る。
 奥の方から、どれだけかき集めたのかと思えるほどのスリッパの残骸が飛んで来る。

「数ありゃいいってもんじゃねぇよ!」
 イドが不敵に笑みを浮かべ、ハンマーを振るう。スリッパが、ばさばさっと音をたて床に落ちる。
「今の内だ!」
 燵也が、次の攻撃がくるまでの間、距離を稼ごうと声をかけたあと走り出す。
「ああ」
 竜司は後ろからの攻撃がないか確認しながら、返事をした。
 紗夜は大手術室へと向かう間、周囲をくまなく見渡し、地縛霊によって殺された少年の遺体を探していた。少年達は、病院内に入ってから、まもなく殺されている。少年達の移動範囲を考えれば、それほど内部へと足を踏み入れているとは思えなかったからだ。
 やがて、雲に隠されていた月が現れ、月明かりに照らし出された廊下に真っ赤な血だまりを見つけた。
「あれは……」
 紗夜は近づき、その場に血だまりしか残されていないことに気付く。
「久遠寺先輩?」
 夜刀が紗夜の顔を覗き込む。
「多分、少年はここで亡くなったと思うの。でも……、残されているのは血のあとだけ」

 予測できるのは、地縛霊が少年の遺体を連れ去っているということだ。
「亡くなった少年も出来れば連れて帰ってやりたいな」
「そうだな」
 燵也が、静かに振り返りいった。
「後ろからも来たようだ」
 やってきた玄関ホールの方から、ストレッチャーの走る音が聞こえてきた。
「何をしている! 早く来い!」
 悠真が、紗夜達の方を振り返り、急かした。
「いま行く!」
 夜刀が返事をし、紗夜を促した。紗夜は頷くとイド達を追いかける。
「前からストレッチャーが来ている、みんな避けろっ!」
 がたがたと壊れた車輪を無理矢理動かし、突進してくるストレッチャーを見て注意を促す。
「ああ! だが、後ろからも来ているぞ!」
 燵也が後ろからやって来るストレッチャーを指さしていう。
「何っ!」
 イドが振り返り、ストレッチャーとの距離をはかる。
「幸い前から来る奴は車輪が壊れてやがる。やって来るのは遅ぇ。……となるとだ、出来るだけ早く走れ!」
「並んでいる部屋に入らないのか」
「そんな寄り道してる時間なんかねぇ! ぶつけりゃ襲ってくることもねぇだろうが!」

 イドがすぐ横を走っている双真にやや乱暴な口調でいい返す。
「なかなか乱暴な方法だな! だが、有効だ」
 にやりと笑みを浮かべると、後衛のメンバーに伝えた。
 次々とメンバーは無事に回避する。
 竜司は、最後に回避し、後ろからやって来るストレッチャーが上手くぶつからないと気付くと、ストレッチャーに蹴りを入れた。
 軌道修正された壊れた車輪を持っているストレッチャーは後ろからやって来るストレッチャーに上手くぶつかり、壁に当たって動きを止める。
「あれなら、帰り道に邪魔にはならないだろう」
 もう、動かないのを確認すると竜司は後を追った。
 手術室へと近づくにつれて、壁面の赤さが明るい赤ではなく、赤黒い赤であるのに気付く。
「どれだけの血が流れたのでしょう」
 紗夜が痛ましそうな表情を浮かべる。
 龍也が階段を見上げ、あまり月明かりが入らないのに気づき、注意する。
「手術室が近い。足下には気をつけろ」
 静かなのが気になった。中階段の踊り場まで上り、二階が見えた時、小さな光が見えた気がした。
「まだまだやる気のようだな」
 龍也が長剣を構えた側をイドが駆け抜ける。
「おいッ!」
「先に行くぜ!」
 先行することで、集中する攻撃を分担しようというのだろう。
「立ち止まっている暇はない」
 双真は、龍也を見やり、いった。
 その間も長剣で飛んでくる注射器をはじき飛ばし、時には叩き落とす。
 悠真が長剣で注射器やスリッパの残骸をなぎ払い、二階を見上げる。
 攻撃が一時、途絶えた。
「今の内に行くぞ! 待っていろ!」
 他のメンバーも悠真の思いに頷きあい、後を追いかける。
 そして、大手術室へと続く前室扉を開いた。

●大手術室にて
「血の匂いだ」
 夜刀が眉を寄せていう。
「現れましたね」
 じゃららと音を立てて、足を引きずるようにして歩いてくるのは、白衣に身を包んだ地縛霊だ。暗く、陰鬱な表情を浮かべている。
 先程、血を抜いたばかりなのだろう、地縛霊が注射器を手にしている。
「少年達は地縛霊の向こうにある手術台の上ですね」
 紗夜が確認するようにいう。手術台に寝かされている少年は三人だ。二人は一つの手術台に。もう一人は予備の手術台の上に乗せられている。これなら何とか搬送班だけでも運ぶことが出来るだろう。
 後は、イド達が地縛霊と戦っている間に救出するだけだ。
「いくぜぇ!」
 イドが走りながらハンマーを振りかぶり、ロケットスマッシュを地縛霊に撃ち込む。

 龍也が長剣を振るが、あまりダメージを与えたようではないのに気付くと、イドと同様にロケットスマッシュで攻撃する。
 双真は地縛霊の長い手を警戒し、距離を詰め、いった。
「龍也、もう片方の手を封じろ。その間に集中攻撃だ」
「わかった!」
 龍也が地縛霊へと更に近づき、双真が封じている手とは反対の手に長剣で攻撃する。

「終わりだ」
 夜刀が放ったロケットスマッシュが、がら空きになった地縛霊の身体に撃ち込まれる。衝撃が地縛霊の身体に走った。
 確実にダメージを与えていた。
「よし! だが、まだのようだ」
 悠真が冷静に指摘する。
 地縛霊は両手とも長剣で封じられているため、思うように動けない。
 だが、両手が塞がっていても使えるものがある。
 床に落ちたガラス片が微かに動く。
 手にしたままの注射器、手術台の側にあったワゴンから数本のメスも浮かび上がった。

 狙うは目の前にいる双真と龍也だ。
「早くやれ!」
 その時、地縛霊の操る力に引きずられ、ワゴンが動いた。
 壁面にあった収納棚の扉にワゴンがぶつかり、衝撃で中から出てきたのは少年の無惨な死体だった。
「許せねぇ!」
 双真と龍也が同時に叫ぶ。
「早く、少年達を助けるんだ!」
 燵也が亡くなった少年を見、地縛霊を睨み付けた。
 思いは一つだった。
「これでお終いにしましょう」
 紗夜は少年の思いを叶えるため、呪いの込められた禍々しい呪符を投げつけ、呪殺符を発動させる。
 一枚の符が爆発を引き起こし、さらなる誘爆を引き起こす。
「てめぇの今の顔、最高だぜ!!」
 イドがロケットスマッシュを撃ち込む。
 そして、竜司と燵也が龍顎拳を同時に叩き込んだ。
 ゆらりと地縛霊の身体が揺らぐ。
 龍也と双真は長剣を地縛霊に同時に突き刺した。
 同時に地縛霊は霧散し、浮かんでいたメスや注射器が床に落ちる。
 そして、辺り一帯に漂っていた、冷たい雰囲気は無くなったのだった。

●戦闘後
「少年達の様子は……!」
 竜司が手術台に駆け寄り、脈拍を確かめる。
「こちらは大丈夫のようだ」
 燵也がもう一つの手術台に乗せられている少年を確かめ、竜司に伝える。
「良かった……」
 紗夜は胸をなで下ろす。
 燵也がしゃがみ込み、亡くなった少年の顔を確かめる。
「連れて行こう」
 親友を守り通した少年だ。
 竜司、夜刀、悠真が少年を一人ずつ抱きかかえた。
 病院を出たメンバーは、道路に面したところに少年達が目を覚まさないようにゆっくりと降ろす。
 亡くなった少年も一緒に。
 ほっとしたその時、車のエンジン音が響き、停車した。
 龍也達は見つからないように、門の影に隠れ、様子を見守る。
 ヘッドライトで辺りを照らし、車から降りてきたのは成人男性だ。
 男性は、門の前で眠る少年達を発見し、様子を確かめると、慌てて救急車を呼ぶ。
 そして、メンバー全員で数分後に現れた救急車に少年達が収容されたのを確かめたあと、安心して帰途についたのだった。