遺された意志

<遺された意志>

マスター:西灰三


 ある雑居ビルの屋上。
 一人の男が貯水タンクの淵に佇んでいた。足場は不安定なはずだが、それに臆したような素振りは見えない。ただし男の表情には憎しみを煮詰めたような陰が浮き出ていた。
 男は零細企業の経営者だった。彼は従業員の賃金の支払いに困り、そしてこのビルに入っている消費者金融に融資を受け………それが転落への一歩となった。
 その後、彼はありふれた事例の一つとなった。支払いに困り、そして新たに融資を受け、再び行き詰る。借金は雪だるま式に膨れ上がっていった。
 そしてこれ以上首が回らなくなり……彼は今ここにいる。その身をもって転落の原因となった者に復讐する為に。
 本人はマスコミに話題になれば件の会社に被害が及ぶと考えたのだろう。そのために自分の命を使うと。だがしかし、想定したものとは違う結果が待ち構えているとは、この時は知る由もなかった。
 そして男は暗い水の中に身を躍らせた。

「こんにちは、皆さん」
 藤崎・志穂(高校生運命予報士)は他に誰もいない教室に集まった能力者の姿を見て、丁寧にお辞儀と共に挨拶をした。彼らを確認すると彼女は今回の仕事の説明を始めた。
「今回の相手は地縛霊です。場所はある消費者金融の事務所が入っている雑居ビルとなります」
 幼くも見えるその顔つきが真剣味をおびて、普段よりも大人びて見える。
「その地縛霊の元の人物は借金苦を理由に、そのビルで貯水タンクに入水自殺をしました。そして地縛霊になって1番最初に、自殺の原因になった会社を襲ってしまいました。今はまだその会社のあったフロアにとどまっていますが、時間が経つとそのビルにいる他の人達も取り立て屋と認識して襲い始めるでしょう。地縛霊が新たな罪を重ねる前に、同じビルにいる他の人間の避難と地縛霊の撃破をお願いいたします」
 沈痛な面持ちで依頼の内容を彼女は伝える。それでも彼女は必要な情報を新たに紡ぐ。
「地縛霊は死因である水を操って攻撃します。水練忍者の方々の使う能力と同じようなものだと思ってください。今から行けば、彼がその消費者金融の会社のあるフロアにとどまっているところに間に合うでしょう。また、避難させる必要のある人がいるのは個人の事務所が一軒入っているだけなので手間はかからないはずです」
 彼女はそこまで言うと最初と同じように丁寧なお辞儀をして一言。
「それではよろしくお願いいたします」


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
瓜生・賢護(高校生符術士・b00331)
桜神帝・華凛(高校生符術士・b01875)
大日向・御幸(高校生白燐蟲使い・b01118)
旦居・てふ子(高校生符術士・b02796)
蓬条院・未亜(高校生フリッカースペード・b02520)
夢野・至愛(中学生水練忍者・b01054)
ダリア・サージャリム(高校生符術士・b05850)
アルル・ウェールズディ(中学生フリッカースペード・b06889)




<リプレイ>


●向かう者たちの意思
 恨みの原因は分かる。けれど、それを理由に復讐をしていいという理由にはならない。だがその男は既にその死を使い復讐を実行に移し、計画とは違う形となったが結果として復讐は完結したと考えるべきであろう。
 しかし、その正否を判断できる当の本人は既に理性を残しているような存在ではなく、あとは昇華されぬ恨みだけを持っているだけだ。そして目標を失った彼は今の所漂っているだけだが、いずれすべての者を恨みの対象とみなし見境なしに襲うだろう。
 そうなる前に男の遺した意志をこの世から振り払うために能力者たちは集った。
 場所は男の自殺した雑居ビル。どこにでもありそうで、借金苦が原因の自殺というある意味ありふれたことの起きた建物。
「消費者金融に手を出してしまった事情も、恨みに持つ理由も分からないでもないけど……無関係の他人まで危険にさらすことなどもっての他だわ」
 桜神帝・華凛(高校生符術士・b01875)の口をついて出た言葉は、おそらくここにいる能力者たちの心情の多くを代弁した物であったろう。
「やむをえない原因だったにしろ、復讐は何も生みはしません」
「加害者でもあり被害者でもあるのね、同情はしますが、連鎖は断ち切ります」
 瓜生・賢護(高校生符術士・b00331)と大日向・御幸(高校生白燐蟲使い・b01118)もまた自らの感じたことを口にする。
「復讐なんかしても何もいい事なんてないのに〜……」
 蓬条院・未亜(高校生フリッカースペード・b02520)の言葉はおそらくその出自故だろう。当たり前のことだからこそ分かっていてもしてしまう愚かな行為というものがある。
「ふふ……復讐はくだらないけどやらないと気がすまないんですよね」
 ヒヒ……とやや高めの声で笑いながら夢野・至愛(中学生水練忍者・b01054)は未亜の発言に返す。至愛もまた、どこかでそのような事例を見てきているのだろうか。
 そのやり取りを聞いて旦居・てふ子(高校生符術士・b02796)は思う。
(「私はまだ子供で、大人の社会の難しいことを「分かる」なんて言えません。ただ彼がこれ以上罪を重ねないようにするだけ……」)
 それがとるべき行動、考えることはそれだけで充分だと。
(「でも他にも何かができる、したいと思うのは僅かながら術を持つものの驕りでしょうか……」)
 心に浮かぶ事柄も声にはならなかった。
 誰が最初にビルへと歩み出したか。能力者たちは仕事をこなすために現場へ足を向けた。

●誘導班
 戦闘をする班に先駆けてビルの内部にいる人間を安全な所に退避させるために御幸、至愛、未亜の三人は行動するように打ち合わせをしてある。
「ふふ……。よかったですね、ここに案内板がありますよ」
 ビルには大抵の場合、入っているテナントや会社の案内の書いてあるプレートが一階に張ってあることが多いが、今回はその大抵の場合だったようだ。また警備員などのことも考えていたがそちらもいないようだ。警備員も大抵の場合は雑居ビルにはいないのだから。
「本当に他の会社は一軒しか入っていないみたいですわ……」
 戦闘を行う場所との位置関係を確認すると、どうやら上手く戦場となるフロアを回避しながら避難させる事が出来そうである。あとは実際にどうやって避難させるかである。
 ビル内の情報を確認後、3人は避難対象のところまで急いだ。

「こんにちは〜」
未亜が避難対象の男性にかけた第一声である。
「えっと君は……?」
 戸惑った調子で出てきた中年男性は唐突な訪問に答える。
「えーとですね、社会見学でこちらにきたんですよ〜。先生にですね、企業の仕事内容などは自分で調べるように、と言われたので調べている最中なんです〜」
 男性はいきなり目の前に現れた少女の発言に目を白黒させる。アポイントメントも無く突然来られても。第一、目の前の高校生らしき少女は何を思って自分の所を選んだのか。分からないことだらけの唐突な展開に男性は少々混乱した。
 その意味不明のやり取りの中、突如ついていた明かりが切れて暗くなる。そしてほぼそれと同時に非常ベルの音が響き渡る。数瞬後、警報の仲、至愛が息せき切って二人の所へ駆け込んでくる。
「さっき上から煙が見えたんです! 急いで逃げないと……!」
 焦った調子で至愛が二人に危険であることを伝える。無論その焦りは演技によるものだが。
 至愛の演技とビル内の異常を受けた男性は慌てて逃げ出そうとする。
「急いで逃げて!」
 非常口に続く扉から御幸が呼びかける。ちなみにブレーカーを落としたのも非常ベルを鳴らしたのも彼女である。男性は焦りながらも非常階段のほうへかけていった。

●撃破班
 残りの5人は実際に消費者金融のあった部屋の前についていた。ドアには非常に目立つ書き方で『即金!』など、いかにもお金を借りやすいようなイメージを持たせるプラスチック製のプレートが張られていた。
 中からは既に人の気配はなくなっており、代わりに何か別のものがいるようである。賢護は金を借りに行く人間として進入しようとしていたがそのような必要はもう無いようだ。てふ子は消費者金融で働いている人間に見せかけるためスーツを着て来ている。こちらの方が役に立つのかもしれないが果たして相手に判別できるような理性が残っているかが疑問である。
 意を決して扉を開けると散乱した書類や机や椅子、そして今はもう動かない人間があった。そしてその中心に生前の格好であろうか、灰色のスーツを着た男性の姿形の地縛霊がいた。
「これが貴様の望んだ結果だったのか? ……これ以上罪を重ねる前に止めさせてもらう」
 毅然と華凛は言い放つ。そして同時に起動し、ほかのメンバーも同時に起動する。それを宣戦布告と受け取ったのか地縛霊は水の刃を一行に向けて撃ち放つ。
 初撃の対象はダリア・サージャリム(高校生符術士・b05850)だった。ダリアは辛うじてその攻撃を受け止めるも、その威力は彼女にとって高くかなりの痛手を受けてしまった。
 攻撃をした地縛霊に反撃するように、賢護は手持ちのガンナイフで射撃を行う。てふ子や華凛は呪いの篭った札を投げつける。一人だけアルル・ウェールズディ(中学生フリッカースペード・b06889)は攻撃するために接近する必要があるため前に出た。
 交錯する攻撃の中を堅護や華凛は地縛霊が逃げないようにと出入り口付近を塞ぐように立ち回る。これならば、たとえ地縛霊がこの部屋から出てビル内の他の所に行こうとしても一筋縄では行かないはずだ。ただそれは地縛霊がこの部屋を脱出できないということではなく、出入り口をカバーする者が倒れてしまえばいつでも外に出られるということだ。それもあって、一刻でも早く目の前の敵を倒すために激しい攻撃を浴びせるのであった。入り口を守る者の体力も無限ではないのだ。

●迎え撃つ者の遺志
 戦いが続く最中に地縛霊は水の刃に加えて、てのひらから激流を生み出す攻撃を使ってくるようになり、戦いはますます激化する。激流の攻撃は水の刃に比べて射程が短くほぼ格闘と変わらないものの、受けるダメージはより大きくさらに吹き飛ばされることもあった。幸いわざわざ近づいて打つようなことは無く、接敵している相手に向かって使うのが主であったから、出入り口を塞ぐメンバーにとってはあまり問題には今の所なっていない。もっとも、今はまだ近づいていないだけかもしれないが。
 地縛霊が攻撃している間は同時に能力者たちが攻撃している時間でもあった。
「罪を重ねるのはよしてください!」
 てふ子の呪殺符は狙い通りに地縛霊に張り付き、力を削ぐ。
「うおをををぉぉぉ……!」
 地縛霊はうめき声を上げながらも攻撃を受けた方向に水のナイフを投げつける。ナイフはてふ子に届き相応のダメージを与えた。
 既にいくつかの呪殺符は先ほどのものを含めて成功している。にもかかわらず、かなりのダメージを受けながらもまだ地縛霊は戦いを続けようとしている。その地縛霊の攻撃を受けている能力者たちもそろそろ疲労が見え始めている。
 お互いに損耗が大きくなりつつある中、水の刃が地縛霊に向かって飛んでいく。
「うおぅっ……!?」
 突如新手の攻撃に受けた相手も怯む。誘導を担当していた班がこちらのほうに加勢に来たのであった。今の水の刃は至愛のものだ。
「援護しますよー。この歌があなたに永遠の安らぎをもたらさんことを……ブラストヴォイス!」
 未亜の迸る歌声が地縛霊を叩き打つ。地縛霊は闖入者二人の攻撃を立て続けに受けかなりの痛手を受けた。元から戦いの中でダメージがあった所にさらに受けたので、あともう少しで地縛霊は消えそうである。
 満身創痍となった地縛霊の元に呪殺符が届けられる。そしてそれは地縛霊に止めを与える最後の一撃となった。
「他に残る想いは……無かったのですか?」
 てふ子の問いは消え行く地縛霊に向けられたものである。
『ニクイニクイニクイニクイ……』
 問いに答えたわけではなく、地縛霊はただ完全に消え去るまで憎しみだけを並べていった。

●消え去った意志
 屋上。
 今回の事件の発端となった人物が自殺をした場所。
 能力者たちは最後に弔いの意を込めてここに来た。
 御幸が貯水タンク前に花を置く。そこがその人物の最期にいた所だ。
 「罪を重ねたとはいえ死んだ方も苦しんだでしょう……。せめて魂が安らかに眠ることを祈るわ……」
 華凛が呟くように語る。その言葉が静かに響き渡ったような気がした。

 能力者たちはそれぞれに感じたことを胸に秘め、弔いのあと足早に現場から撤収した。