黄昏に戯れる少女

<黄昏に戯れる少女>

マスター:天沼修一


 夕暮れの朱に染まった、とある公園。
 妙な噂があるために昼間ですら人気は少なく、この時間帯にもなれば皆無と言っていい。
 曰く、首のない少女が自分の首で鞠つきをしつつ、遊び相手を探している。遊びの誘いを断ると殺され、仮に誘いに乗っても、少女が遊び飽きれば殺されてしまう――。
 少年も噂を知らなかった訳ではない。だが忘れてきた帽子はお気に入りだったし、取りに来るのを明日まで待つのは嫌だったのだ。
「もう7時……お母さんに怒られちゃうかな」
 公園の時計を見てそんなことを心配しながらも、少年は水飲み場で帽子を見つけ、嬉しそうな笑顔でそれを手に取り。
 ふと、人影に気がついた。
 自分と同じか少し年下、まだ10歳にもならない女の子だろうか。こちらに背を向け、鞠をついている。
「ひとり? お母さんは?」
 少年が問うと少女は鞠をつくのを止め、
「……遊んで、くれるの?」
 振り向きつつ、青年の問いに問いで返す。
「ううん、そうじゃなくて。お母さんがいないならお父さんは――」
 少年は気付かない。少女の左足から、錆び付いた鎖が伸びている事に。少女に在るはずの首から上が存在していない事に。
 少女が今までついていた鞠こそが、少女自身の首だという事に。
「一緒ニ……アソボウ?」
 少女の首が、小さく唇の端を上げた。

「ある公園に、地縛霊が出ます」
 手にしたパック牛乳をひと飲みして、藤崎・志穂(高校生運命予報士)は語りだす。
 生前、病弱なため外で遊べなかった少女の思念がゴースト化したらしい。遊び相手を求めて公園内を彷徨い、自分と同じぐらいの子供を公園に誘い込んで襲うのだ。
「出現するのは今日の夕暮れ、7時ちょうどです。その時に公園にいた、小さな男の子が襲われそうになるという未来も見えました」
 ただ、ここからどれだけ急いでも、公園に到着するのは7時5分以降になってしまう。
 5分程度ならば、男の子が自力で逃げ延びる事も出来るだろう。でも、到着がそれ以上に遅れたら……。
 志穂は、少年の無事を祈るように呟く。
「地縛霊の本体は、少女が手にしている鞠――頭です。身体は使役ゴーストのようなものみたいですね」
 地縛霊は、接近した相手には手に持った頭を振り回し、遠距離の相手には体に頭を投げつけさせて、頭突きと同時に噛み付き攻撃をしてくる。
「頭を倒せば身体も一緒に消滅します。逆に先に身体を何とかしてしまえば、頭はゆっくりと浮いて近くの相手を噛み付くことしか出来ないので倒すのは難しくありません。どちらを先に倒すか判断はおまかせしますけど、先に身体を倒す方が有利だと思います」
 また、身体が頭を持っている時は反応が素早く攻撃が回避されやすい。逆に頭を持っていない時は反応が鈍く、攻撃はその時を狙うといいと思います、と付け加えた。
「公園は地縛霊のテリトリーになっています。公園外の人目は気にしなくてよさそうですけど、地縛霊を倒すまで、少年は公園から抜けられません。地縛霊を退治して、男の子を護ってあげてください」
 志穂は真剣な眼差しで全員を見回し、よろしくお願いしますと頭を下げた。


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
鬼崎・須賀多(中学生魔剣士・b02146)
御堂屋・蒼子(中学生符術士・b04723)
彩守・尋巳(小学生フリッカースペード・b06879)
松崎・蝉(高校生魔剣士・b04200)
神守・御影(高校生魔剣士・b00014)
浜本・英世(高校生魔弾術士・b01179)
蓮見・柚希(高校生霊媒士・b00968)
橘・奏(中学生青龍拳士・b05424)




<リプレイ>



「助けっ、誰か、助けてっ!」
 足がもつれ、つまづき。何度も転びそうになりながら、少年は駆けていた。
 この公園は、こんなに大きくなかったはずなのに。走れば1分もかからずに出られるはずなのに。なのに、何故か通りへの道へたどり着けない。公園の外に出ることが出来ないのだ。
 気付けば少年のすぐ後ろに、自分に向けて誘いを掛けてくる少女がいる。
「ねえ、遊ぼう?」
 ひとつの点を除けば、何処にでもいそうな普通の少女。ただ違うのは、少女の首が本来ある場所にない事。鞠だと思っていた、彼女の持つ球形の物こそが彼女自身の首だった事。
 少女に追い詰められ、何とか振り切ろうとしても、公園を出られない為にまた追い詰められてしまう。しかし、少年には逃げる以外の選択肢はないのだ。何度目かになる逃亡を試みようとした彼は、慌てて足を滑らし、前のめりに転んでしまう。
「もう、嫌だよ……なんでっ」
 痛みとそして恐怖からか、目の前の地面が涙で歪む。立ち上がることすら叶わない少年に、少女は一歩また一歩と近づいてくる。
「遊んで、くれないの? なら――」
 ぷい、と一瞬拗ねたような顔をした少女は、大事そうに抱えている首を宙に差し出すような仕草をした。首はそのまま手を離れ、ゆっくりと浮遊しながら少年へと向かっていく。
 震えながら目を閉じる少年。それを嬉しそうに眺め、僅かに口の端だけを上げて笑みを浮かべた首は、ちょうど少年の顔の前で静止して。
「なら、死んじゃえ」
 にこやかな挨拶でもするような明るさで少女はそう言うと、小さな口を開き、少年に噛み付いた。
――はずだった。
 しかし、現実には少女の首が噛み千切ったのは空のみ。
「よかった。ギリギリだけど何とか間に合ったね」
 聞こえてきた声の方向へと少女の首が振り向くと。
 安堵の溜息と共に聞こえてきた声の主は、少年を抱き抱えた神守・御影(高校生魔剣士・b00014) だった。


(「ほ、本物の生首ーーっ」)
 表面上の平静さとは裏腹に、御影は心の中で絶叫していた。本来スプラッタなものが苦手な彼女にとって、生首との会話など恐怖の対象に他ならない。少年に感づかれなかったのがせめてもの幸いか。
 御影はそのまま少年を抱き抱え、後ろに跳ねて地縛霊と距離を取る。左腕で少年を抱き抱えたまま少女を見据え起動の言葉を口にすると、彼女の手に白銀に輝く刃が生まれた。
「この状況だと、力ずくなのもやむを得ない、か」
 後方から、走って来たのか、息を弾ませながらやや遅れて到着したのは浜本・英世(高校生魔弾術士・b01179)。力に頼らずに解決する方法がないかと考えていたのだが、どうやら無理そうだ。地縛霊の少女との対話を諦めると、箒を握り締めて少女に向かって構える。
「……みんなで、ジャマするの?」
 少女は、新たに現れた者たちに問いかける。先程までの笑みは消え、僅かに細め刺すような視線を送っている瞳には憎しみの色が混じっている。手元に戻って来た首の髪の毛をつかみ、直ぐにでも飛びかかれるような態勢だ。
「遊びたいのかい? じゃあ、俺達と遊ぼうよ」
 一呼吸遅れて問いに応えたのは鬼崎・須賀多(中学生魔剣士・b02146)。彼もまた、まずは温厚に地縛霊を説得しようと思いながらここに来た為にその言葉を口にしたのだが……。
(「その格好でそう言われても、説得力ないと思うんだけどな」)
 困ったような表情を浮かべた英世が、須賀多の格好を見て頭の中で突っ込む。
 言われてみれば確かに、須賀多は公園に着く前に既にイグニッションして詠唱兵器を手にしている。長剣を構えながら遊ぼうと言われても、むしろ逆の意味にも聞こえる可能性もある。
「い、いいんだよ、この状況じゃ結局戦うことになるんだから」
 自分への視線の意味に気付き、慌てて言い繕う須賀多。気を取り直し少年と御影の2人を地縛霊の視線から遮るように間に入ると、視線を逸らさないままあごで後ろを指す。見てみれば、続々と仲間達が到着してきている。少年を安全な場所へ、という合図だ。
「もう少し、早く到着できていればよかったんですが……」
 残念そうにもらすのは、最後に到着した御堂屋・蒼子(中学生符術士・b04723)。少年が少女に話しかける、まさにその時に到着して――彼女としてはそう思っていたのだが、残念ながらその想像は裏切られる事となる。
「でも、男の子が無事だったんだから。それで十分だと思うよ」
「そうですわ。男の子はあちらのお2人に任せて、私達は地縛霊の方を」
 彩守・尋巳(小学生フリッカースペード・b06879)と蓮見・柚希(高校生霊媒士・b00968)の言葉に、ええ、と蒼子は頷いた。少し距離を取り、皆の援護を。そう思い直し、ガンナイフの照準を地縛霊へと合わせる。
「別に君を殺したい訳じゃない……けど、君はこのままここにいちゃいけないよ」
 勿論、ゴーストを退治するのが自分達能力者の仕事である。ただ、ゴーストになってしまったまま、この場に留まるのは彼女の為にならないとも思う。地縛霊である少女に、そして自分に言い聞かせるように。ごめんね、と小さく呟いた尋巳は自らのギターにピックを添えた。


「えーと、危ないからこっちの方へ」
「さあ、早くこちらへ」
 御影に任され、少年に手を貸しながら声を掛けたのは松崎・蝉(高校生魔剣士・b04200)と橘・奏(中学生青龍拳士・b05424)。地縛霊の少女がこちらに近づこうとするが、他のメンバーが間に入り牽制してくれているお陰で近づけないようだ。
 うまく口が動かず返事は出来ないものの、自分を助けようとしている事は理解したのか、少年はこくこくと頷く。が、なんとか立ち上がる事は出来たものの、歩こうとしても足が動かない。
「あー、歩けないのかな。それじゃちょっと失礼して」
 身体が震えてうまく歩けない少年に軽く頭を下げると、蝉はおもむろに少年を抱き上げた。じゃ後はよろしく、と言わんばかりに公園の隅の方へと駆け出す彼を、慌てて奏が追いかけていった。
 遊びたいだけなのに。遠ざかる少年を恨めしそうに見ながら、ゆっくりとこの場に残った能力者達に視線を移すと。
「なんで、みんなで、私のジャマをするの……?」
 幼い少女の口から発せられたとは思えないほどの、憎しみの込められた声がこぼれ出す。
「みんな、キラい、キラい! みんな、死んじゃえ!」
 低く、しかしはっきりと聞こえる声で、少女は叫んだ。

「他の皆に被害が出る前に、一気に!」
 真っ先に動いたのは、後方にいた英世。手にした箒の先から術式の編みこまれた炎が生まれ、一直線に地縛霊へと向かい飛んでいく。
「喧嘩は『メー』だと思うけど……でも」
 少女の事を気にかけつつも、尋巳がギターの音にブラストヴォイスを乗せ、響かせる。連れて来ているスケルトンも同時に斬りかかるものの、その攻撃も辛くも避けられてしまう。
「それならこれでっ」
 蒼子が一瞬目配せをし、呪殺符を投げつける。放たれた呪符は地縛霊を掠める事すらなく、軽々と避けられてしまう。だが、蒼子の放ったそれは自分へ意識を向けさせるためでしかなかった。同時に須賀多と御影がタイミングを見計らい、地縛霊の懐へと飛び込む。
 振りかぶった剣を同時とも思える連携で振り下ろす2人。
 次の瞬間、鳴り響いたのは互いの剣がぶつかり合った硬質な音だった。斬りつけられた瞬間に、地縛霊は予想以上の反応速度で後ろへ跳んだのだ。ただ両方を完全には避け切れななかったらしく、距離をとったその腕には赤い一筋の傷が生まれていた。
「なんて素早い……っ!」
 舌打ちをした瞬間、御影に向けて少女が首を振り回してくる。慌てて避けようとするものの避けきれず、左肩に投げられた頭が叩きつけられた。鈍い痛みが広がっていくのを感じ、御影は僅かに顔を歪める。
「何とかして頭と身体を引き離せればよいのですが……」
 決して攻撃が当たらないわけではないが、やはりこのままでは分が悪すぎる。やはり、予定通り地縛霊の首と身体を引き離す必要があるのだが――。
 どうしようかと柚希が考えをめぐらせていると。
「危ないっ!」
 不意に、気付いた地縛霊がこちらに向けて首を投げつけて来ていた。咄嗟の事に身体が動かない柚希は、次の瞬間に来るであろう衝撃と痛みを覚悟した。
 しかし、覚悟していた衝撃が彼女の元に届く事はなかった。須賀多が身代わりに地縛霊の攻撃を受けていたのだ。彼は丁度いい、と自分の胸元に噛み付いている首を両手で抱え込み、自分から離れられないように押さえつける。離れることが出来ず、首はさらに激しく噛み付きながら抵抗する。
「今のうちにっ。早くっ」
 地縛霊の頭を抱きしめた格好で、悲鳴に近い声で叫ぶ。彼の胸から、赤いものが流れている。
「ああ、やっぱり網を持ってきていれば……」
 しかし、特殊な物を用意するためにはどうしても時間がかかってしまう。少年の無事を考えると用意をする時間の余裕はなかったのだ。
「そんな事言ってる暇があるなら、こいつの身体を倒せっ。早くっ」
 後悔している暇はない。それよりも早く今の状況を何とかしなければ。須賀多の声で弾かれるように意識を引き戻した柚希は、首を失い重鈍に立ち尽くす地縛霊の身体に向かって雑霊弾を放った。攻撃を避ける意識すらないと思えるほど容易くそれは命中し、地縛霊の身体が傾ぐ。
 そこに蒼子が、英世がそれぞれのアビリティを叩き込み追い討ちをかける。
「今度こそっ」
 再び、尋巳がギターをかき鳴らし力ある歌声を響かせる。ブラストヴォイスが命中すると、2度、3度と地縛霊の身体が衝撃で震えた。
 主である首を失った身体は、主を求め、しかし再び主とひとつになることなく、地面に膝をつき倒れた。
 身体を失ってしまった少女には、もはや能力者に対抗し得る力は残っていない。近くの相手に噛み付こうとしても距離を取られてしまい、遠距離から放たれる攻撃によって確実に体力を削られていく。
 英世の放つ炎の魔弾が地縛霊の首に命中し、首が炎に包ま燃え上がる。ダメージに怯んだ隙を逃さず、蒼子が投げつけた呪殺符が浮遊していた首に張り付いた。
 呪殺符は、当たったからといって必ずしも相手にダメージを与えられる訳ではない。だがその分、成功したときの効果は大きいのだ。禍々しき呪いの力が地縛霊を蝕み、首は激しい苦悶の色を浮かべて宙をのたうち回る。
 それが最後の一撃となった。先程まで浮遊していたそれは、操られていた糸が切れたかのように動きを止める。水中であるかのようにゆっくりと宙を沈んでいき、やがて音もなく地面に落ちると再び動く事はなかった。


「あー、うん。大臣が今さっき見たのはホラ、遊園地とかで見るようなホログラム的なやつ」
「そうなんだ? じゃさ、これってテレビとかにでるのかな?」
 蝉が呼んでいる大臣とは少年の事らしい。地縛霊の退治が終わり、泣いていた少年も多少落ちつきを取り戻していた。
 蝉は少年が見たものをなんとか誤魔化そうとしていたのだが、むしろ蝉が驚く程にあっけなく、少年は素直にその言い訳を信じた。
 ちなみに蝉があげようとした飴は「知らない人から貰っちゃだめって言われてるから」と丁寧に断られた。
「あっ、もうこんな時間。お母さんに怒られちゃう。じゃね」
 少年は時計の指す時間に気付くと、小さく手を振りながら慌てて駆け出す。小さな公園の門まで来ると立ち止まり、こちらを向いてもう一度大きく手を振って公園の外へと消えていった。
「男の子、無事でよかったです」
 公園に流れる噂も、時間はかかるかも知れないがいつか無くなる事だろう。見えなくなった少年に手を振り返しながら、奏が笑みをこぼす。気付けば蝉もそんな穏やかな表情を浮かべていることに気付いて、彼らは互いの顔を見合わせながら笑い合った。

 一方、その傍らでは。
「誰かと、遊びたかったのですわよね……」
 大きな傷を受けた2人に応急処置をしていた柚希は、動かなくなった少女の首を見ていた。
 先程まで少女の首だったものは、淡い光を纏いながら空気に融けていく。その様を眺めていた彼女は願いを叶えてあげられませんでしたわ、と少しだけ寂しそうに呟くと。
「遊びたかった、っていう願いは叶えてあげられかったけど。でも、こうしてあげる方があの子のためにもなったんだと思うんだ。だよね?」
 誰に問うでもなく呟いた尋巳に、そうですよきっと、と蒼子が微笑む。幼い頃に遊べなかった少女の無念さ。自分達にはその気持ちを理解する事は出来ないが、それでもどこか自分と近いものを感じて。彼女の言葉は、そうであって欲しいという願いでもあった。