混浴露天風呂リリス事件

<混浴露天風呂リリス事件>

マスター:レッド金治


「ほーんと毎日まいにち、だるいよね。暑いときに熱いお願いで悪いんだけど、温泉旅館に目を付けたリリスをどうにかしてくんないかな」
 虹色の雫のつたう首筋を愛用のメモ帳であおぎながら、長谷川・千春(中学生運命予報士)は能力者らを出迎える。視聴覚室の机の上で、灼熱の陽射しが、焦がしバターそっくりに砕ける。今日も今日とて、真夏のいきれは手加減なしだ。
「そこの旅館ではね、地域のお寺の住職方が集まって寄り合いをする予定なの。20人くらい? おじいちゃんばっかりだけど、能力者の素質がある人も何人かいるみたい。もちろん実際の能力とかは使えないんだけど」
 ま、だからこそ、リリスにとっちゃ狙い目になるのだが。
「でね。リリスは、旅館の自慢の露天風呂の方に現れるから」
 了承しかけた能力者たちだが、ほどなく千春の言い回しのおかしさを悟る。
 ――……どうして、露天風呂?
 じかに寄り合いへ向かったほうが、手っ取り早いではないか。それを言い当てられると、千春、えぇと、と彼女らしくなく口籠もり、えぇとえぇと、と数瞬の逡巡、やがてなにかをふりきったか、反発するように双眼の光彩を強くした。
「寄り合いとかって、ただの体裁、言い訳。おじいさん達、そんなの真面目にする気はなくって、最初から本当の目的は、露天風呂なわけ。で、その露天風呂は、」
 温泉、露天風呂、とくれば?
「……混浴なの」
 いやらしい、おとなってきたない、と、千春は小さく涙目になって、ぽつりと付け加える。けれど、能力者の誰かは内心、別なことを思ったとか思わなかったとか。
 ――おとなって、いいなぁ。
「でも、形式だけは会合を開くみたい。一応、宴会場に集まるけど、10分ぐらいでお開きにして、すぐ露天風呂へ移動しちゃう」
 だから、こんなのどう? 千春には腹案があるようだ。
 露天風呂だけの利用客も引き受けているようだから、旅館内部への入り込むのはそう面倒ではないだろう。そこでまず、能力者らを2班に分ける。一方は、宴会場へ闖入して住職らを引き止める。こちらにはできれば年長の、思春期(←笑うところ)の女性にまわってほしい。そして、酒や料理をあたえるなり女の武器を持ち出すなりして、無力な彼等をリリスの面前へころがさないよう努める。一言でまとめれば、誘惑作戦だ。
「要するに、混浴なんか目じゃないくらい、気持ちいいめにあわせるんだよ! 大丈夫、きっと何とかなるよ!」
 いなおった。がっつり、やんどころない方面に切り込んでゆく千春。
 もう一方は、その隙に露天風呂へおもむき、リリスを倒す。いくらかバランスに優れるくらいでたいして強暴ではないようだが、なんせリリス、なんせ混浴、能力者らには煩悩に惑わされないしっかりした心組みがもとめられるだろう。リリスの方でよけいな人払いはしてくれるようだから(能力者以外の存在は、彼女にとっても邪魔でしかないので)、そちらは心配せずともよい。
「全部終わったら、みんなそろって汗を流してさっぱりしてくるのもいいかも。でも、」
 学生らしいふるまいだけは忘れちゃダメだよ?
 めっ、と、三角に目尻を吊り上げてみせるが、所詮は千春。仔猫がすねてみせるように、たいした威厳はみられないのである。


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
横峰・美羽(高校生霊媒士・b01644)
観月・架名(高校生魔剣士・b03042)
初瀬・晶(中学生魔剣士・b05467)
雀原・世代(高校生水練忍者・b04959)
藤井・友亮(高校生ファイアフォックス・b00430)
如月・弥生(高校生フリッカースペード・b00799)
緋之坂・央璃(高校生水練忍者・b00444)
蕪木・霞(高校生符術士・b04569)




<リプレイ>


●旅館に到着しました。
 藤井・友亮(高校生ファイアフォックス・b00430) 曰く、そう、今日は「仕事」で来た。作曲のためのインスピレーションを得るのが目的なわけではなく――……。
「その、得体の知れないMIDIっぽいのと、お菓子の山盛りと、大小三点セットのあひるのおもちゃは何ですか……?」
「詠唱兵器(嘘)と非常食(大袈裟)と入浴道具(まぎらわしい)だ」
 雀原・世代(高校生水練忍者・b04959) のツッコミにも、友亮、ただ平然と。妙にでこぼこした八人組のひとり、如月・弥生(高校生フリッカースペード・b00799) は、旅館などの玄関口によくある『歓迎○○様』の立て札をしらべて、果たしてそこに、運命予報士から教えられたとおりの名義。観月・架名(高校生魔剣士・b03042)は野辺の白菊のごときしおらしい作法で、仲居をひとり呼び止めた。
「恐れ入ります、露天風呂はどちらになるのでしょう?」
 弥生が事前に見取図をしらべておいてくれたとはいえ、初めてのところだ、方角くらいは尋ねてもバチはあたるまい。仲間をふりかえる架名の朱唇は、ニンマリと、花の消えた歪みに輝く。
「今日の夕食は蟹会席みたいよ。いいわねぇ、泊まりに変更しない? でも、アタシ今日は持ち合わせがすくないの。どなたか、御馳走してくださらないかしら?」
 ――夕食付きは、いちばん安いプランで15000円からである。あたしは絶対出さないぞ、と、緋之坂・央璃(高校生水練忍者・b00444)のつぶやきは、たぶん、届いていなかった。
 さて、ここらで一度、班分けを確認しておこうか。
 寄り合いへ向かうのは、如月・弥生と横峰・美羽(高校生霊媒士・b01644)と蕪木・霞(高校生符術士・b04569)。自分は男性だから、と、リリスとの対峙をのぞんだのはたしかに自身の仕業なのだが、なんだかやりきれなくって、初瀬・晶(中学生魔剣士・b05467)はぷくっと頬をふくらます。
「いいなぁ、俺もうまいもん喰いたかったぜ」
「ぼやくな、ぼやくな」
 後輩フェ(略)としての血が騒いだらしい友亮におやつを分けてもらう。「せんぱい、だ〜いすきっ☆」と礼をいおうかとしたが、喜ばれても怖いので、控えておく。そして、能力者らは二手に別れた。

●浴衣に着替えました。
「ほぅ。近頃の旅館は浴衣がえらべるのじゃな。様々な柄模様があるもんじゃのぅ」
 温泉だけの利用客の分もレンタルがあるのだから、しごく良心的な施設だ。伝統にモダンをほどよく織り込んだデザインは、霞を激しく静かに、三重羽織にいどむくらいには、熱狂させる。
 ところで、こうして浴衣をまとったのは三人だけだ。霞の偽身符は、ない。偽身符の身代わりに任意の命令をあたえることはできないし、
「旅館まで来て普段どおりにされても、邪魔っけじゃしのぅ」
 というわけで。
 さて、改めまして、戸の閉められた宴会場の正面にて。お土産をたずさえた美羽は、少しばかりとまどっている。
「どう、おことわりするんでしたでしょうか」
 お断りと男狩りは、なんか似てるなぁ。まぁ、それは、どうでもよい。
 ――学術的好奇心から仏教についておはなしをおうかがいしたいと思い……こんなところか。
「はよ、もってこんかい!」
「きゃあ?!」
 が、いざ乗り込まんとした頃合い、むこうから戸が引き開けられる。仲居から買収と懐柔でひきとった仕出しが、危うく散らばるのをこらえようとして――あと一息、料理はどうにか無事にすんだが、美羽が、どしん、と、ひっくりかえった。体を起こすと、裾の前合わせがほろりと分かれ、華奢な腿があらわになる。蝋細工の、光沢と端正。にしし……と、それへ知らず注がれる淫蕩なまざしに、美羽は訳が分からないまま曖昧なふうに微笑みかえす。
「ちゃんと来ておるでないか。はよぅ配膳してくれんか」
「は、はい。ただいま!」
 いそいそと配膳にいそしむ美羽を、弥生と霞、呆然と見送った。
「のぅ? もしや仲居とまちがえられておるのであろうか?」
「どうやったらそんな器用な天然が、まかりとおるんでしょうね」
 着物からして、ぜんぜんちがうやんけ。コトダマヴォイスをさえずるタイミングを見失った弥生は、ぽーん、と、ギターを一度きりつまびく。――まぁ、部屋には入れさせてもらえるみたいだし、そのあとでも十分か。だいいち「露天風呂へ行くより自分たちと遊ぶ方が楽しいですよー」といくら言い聞かせたって、それをちゃんと実行してみせなければ、説得力はともなわないものだし。
「そっちの姉ちゃんらも、とっとと頼む!」
「はぁい。お待ちください」
 よいしょ、と、美羽の残していった食膳と醇酒を、二人でわりふって携える。霞と弥生は、まるで死地にたつ戦友同士のよう、互いに物騒な目配せをおくりあった。

●いろいろと、がんばってます。
 よい温泉なのである。いわゆる美人の湯、また、火傷や切り傷にもよく効くそうで――……、
「いくらいい温泉だからって、いくら水練忍者だからって、摂氏40度にもぐりっぱなしでいられるかぁっ!」
「できるわよぉ、央璃さんなら、溶岩にだって沈没できるわ。だから、はい、もどってくださいまし☆」
 架名はにこやかに央璃を湯壺に突きくずす。ぱしゃん、ごぼぼ、ぐしゃっ(謎)。先生、リリスよりおっかないのがここにいるよー。
「運命予報士の予報だ。焦らずともリリスはぜったいにあらわれる」
「央璃さんは大丈夫ですか?」
「が、飽きが来るのも事実だな。牛乳でも開けようか」
「央璃さんは大丈夫ですか?」
 友亮を懸命になだめる世代にしろ、自分も水練忍者のくせしてちゃっかり陸上をまもっていたりするし。「事前に足元がすべらないか」見極めるために足裏を岩肌にすりつけていたはずの晶だって、じゃあ慣れちまえばいいんだ、と、ばかり、贅沢なくらいに沢山の石鹸をフロアにまぶし、スケーティングの特訓中。
 そんなかんじにフリーダムやりすぎてたからだろうか、声をかけられるまで気がつけなかったのは。
「あらん、近頃の住職ってずいぶんプリティーなタイプが多いのねぇん」
 独り言めいた呼び掛けに全員がそちらへ視線を注げば、露天風呂の木戸口にたたずむ、艶めく彼女。
 その言い様からして、まちがいなく彼女がリリスなのだろうが――って、状況を分かってねええっ!?
「ま、あたしはそのほうが嬉しいけど。ねぇん、遊ばない?」
「アタシ?」
 リリスの指名が自身だと気付いた架名、いぶかしみの上目遣いで見返したが、次のようなリリスの返答で、やにわに態度をやわらげる。
「だって、あなた、かわいいもの」
「あ、あぁら、お目が高いわね。アナタもリリスにしてはなかなかよ、ナイスバディ歴15年(注:当年15歳)のアタシにはまだまだ及ばないけど」
「ふふ。じゃ、いっしょにあっちにいきましょうか」
「いいわよ、女と女の勝負ね!」
 ツッコミ様、露天風呂内のお客様のなかにツッコミ様はいらっしゃいませんかー?
「名曲の天使が、降臨しそうだ。あとからにしないか?」
「できません!」
 あ、いた。ごっそり毒電波に冒されたファイアフォックスをさしおき起動をすませた世代が一足飛びに跳躍しようと、だが、寸手のところでふにゃりと柔らかいなにかを踏みつけそうになり、跳躍は中途半端にとぎれる。
「あ、あの。あたし、もう上がってもいいかな?」
 央璃だった。湯船に浮かぶ片手だけ、助けを求めるように、じたばた、と――いや本当に助けを求めてるのか。すまん、すっかり忘れてた。ようやく引き揚げられた央璃の頬は、彼女の髪よりもずぅっと赤い薔薇色に燃え立っていた。
「こ、このっ、この怨みはきっちり晴らさせてもらうからね、リリス!」
 主に仲間内からの仕業だったのではないか、という疑いは頭の隅におしやり、湯にくたびれてすっかりしょげた糸をたぐる。よっ、と、晶も長剣をかまえて。そして友亮は、
「あ、音符を書き終えるまで、待ってくれ」
「……イグニッションカードに落書きする気、満々ですか?」

 で、そのころの住職組。
「なんじゃ、仲居じゃなかったのか。それは悪いことしたのぅ」
「いいえ。こちらこそ、お近づきになれて嬉しいですわ」
 さしだされる猪口に徳利を傾けて、美羽はそっと微笑んだ。もう随分の数と量を注いだせいだろうか、部屋はむぅっと酒精の気が立ちこめて、息苦しい気分。むろん美羽は一口なりとふくんではいなかったが、微酔いとはこんな加減をいうのではなかろうか。蝋細工の片脚が、糸を切るように、するり、とふたたび、裾を割る。剥き出しのところが心地よかったので、そのままにしておくと、節くれだつ手が伸びて――……。
 そこへ、ぺちり、と、小気味よい平手が落ちる。霞だ。
「ずるいぞ、美羽殿ばっかり。ささ。妾の勧杯も呑んでたもれ」
「……じゃ、私、暫くそちらで休んでまいります」
 表情のすくない曖昧な笑みをのこして、美羽は部屋の隅に退散する。
 ――……少々、疲れた。
 一人を相手にすると、どうしても全体への目配りが甘くなる。丁度いい機会だ、休みながら見張らせてもらおう。他の人がどんな具合なのか、も、気になるし。
 木目込みのような出で立ちの霞だが、案外ノリはよい。なんせ着替えのときから、念入りに浴衣の崩し具合を研究していたぐらいだ。椿が咲き溢れるがごとくはだけられた襟元からは、白い蕾の丸みがほのかにすりでる。それを持ち上げるように霞は両の手で自身を締め付けながら、美羽は、特にしつこい一人にかちかちと箸をならせてみせて、ほんとは御行儀悪いんだよ。
「腹が空いたのか? 食事は妾が食べさせるぞ、あーん」
 弥生はといえば、坊主をカラオケのデュエットに誘ったらしい。カラオケマシンはけたたましく、勇ましい、けれどどこか古めかしいサウンドを吹き鳴らしはじめる。……まったく知らない歌だ。
「え、え、え?」
 世代の違いを考慮していなかったのだ。しかし、折角誘っておきながら分からないではすまされない――で、弥生、開き直った。分からない、なら分かる範囲でチャレンジすればいい。歌は心だ、歌詞なんて二の次、感じるままにマイクをぶんまわす。
「ゆけー! すすめー! がんばれー!」
 ――主に、弥生自身が。
 むちゃくちゃなエンターテイメントぶりがかえって好評で、場はほとんど演芸大会。そろそろわたくしも、と、美羽が考えたところに、折良くお誘いがかけられた。
「なぁ、こっちで酒を注いでくれんか?」
「えぇ、お待ちくださいませ」
 美羽は物柔らかく表情をくずし、立ち上がる。――さて、あちらはいったいどうなっているのだろう?

 めまぐるしくもまたまた場面は遷って、彼奴等の出番。
「どうだ、石鹸攻撃!」
 晶がいたずらに散らかしておいたシャボンの敷物に、リリスは苦戦しているようだ。まったく進めないわけではないが、下手に身動ぎすれば転倒しそうで、それは能力者らにしたって似たようなものではあったが。黒影まとう剣を振りかぶりながらひとり気を吐く晶を余所に、残りの7人+リリスは右往左往をくりかえす。で、とうとう我慢ならなくなったのだろう、架名が突き出す両腕から爆炎の凶弾が撃ち出される。
「架名ちゃんの愛を受け取りなさい!」
「やっぱりその気があったか」
「ないわよ!」
「そうれ、避けられるものなら避けてみなさい!」
 潜水の怨みは恐ろしい。央璃の手刀から切り離される水流の手裏剣がついに、リリスの末路を切り裂いた。友亮はガトリングガンを下ろしながら、湯煙の消える彼方を眺める。
「俺たちの戦いは、終わった。だが、ヤツが最後のリリスとは思えない……」
「当たり前ですが、リリスは他にもごまんといるでしょう。というか、腰巻きタオル一丁でそんなシリアスをなさらないでください」
 そういう世代からして浴衣の下にスパッツ着込みだったりするんですが、まぁこれが今回の仕様なんだろうってーことで。

●皆様、お疲れ様でした。
「ふぃ〜、おつかれー」
「うーん、いい気持ち」
 あとは、ぬくぬく温泉にひたるだけ。晶と央璃、浴槽に肩まで浸かって、頭にのせたタオルの重しにあひる(某氏からのレンタル)など置いてみたり――あぁ、ちなみに、大事なところにタオル装着は、最低限のたしなみですよ? 青少年の健全な育成のがたいせつなわけですし。
「いいえ、タオルなんて生温いわ!」
 とは、架名、 夏の名残の、ヴィヴィッドなデザインの水着をぴっちり隙なく着こなし、それは温泉の純日本的な風景とはあまりにもアンバランスなとりあわせで、アンバランスすぎてかえって文句の一つもつけられない。
「リリス、さぁ決着のときが来たわね。アタシのナイスバディを、ごらんなさい!」
 ――さっき斃しちゃいませんでしたか?
 とのツッコミが差し向けられるわけもなく、その代わり、木戸口が数度目にぎやかしくなった。リリスの登場とちょっと似たシチュエーションで登場したのは、
「ずいぶんお楽しみですわね」
 美羽だ、霞もいる。どうやらあちらも片が付いたらしい。混浴は初めてじゃ、と、浮かれた様子の霞は、混浴ならでは、を楽しみたかったらしく、わざわざ晶の向かいを陣取る。にこにこ。あまりに無邪気によろこぶ霞に、晶は理由を尋ねると、霞は頬をおさえてはにかんでみせる。
「ずいぶん、かわゆらしいブツじゃ思うて」
「……どうしたの、晶くんっ。リリスはいなくなりましたよ!?」
 が、彼の泣きダッシュはままならなかった。これまたいつかの美羽と似たようなシチュエーション、出会い頭に誰かとぐがんと衝突、いや、誰か、どころではない。20名ほどのむくつけき団体様。――美羽と霞には、あまり懐かしくもなく、見慣れた、見飽きた御仁ら。
「ほぅほぅ、こっちが温泉か」
「……すいません、止めきれなくって」
 連れて来ちゃいました、と、彼等の後ろからひょこっと弥生が顔を出す。ナーイス出会い系、そんな訳の分からないひとりごとをぼやきつつ、世代、弥生に抱き付いた。
「いっぱーいーたのしーでーすー、弥生さん、ありがとーう」
 完全に湯中りを起こしてこんな模様――酒乱ならぬ湯乱ちゅうところか――リリスと戦ってたときの方が、まだおちついてたかもしんない。央璃はやけに老けた仕草、タオルで顔をぐぐっとぬぐう。
「あたし、なんとなく旅館経営のコツってヤツ分かったかもしんない」
「どうした?」
 友亮は牛乳を腰に手当てて、一度に飲み干す(これ! 牛乳は壜の!)。ブレスも挟まず器用に応答する友亮に、央璃は、彼女の主義に反するような、やっぱり年寄りじみた溜息をつく。
「混浴だけは、ぜったい、やんない」
 くすんだ声でぼそっと言い切ったかと思えば、癖になったんだろうか、だらけた四肢をなだめるように央璃はごぼぼと水没する――イグニッションを解いたからもう沈みっぱなしはできないぞ、という忠告が、とてもとても遠かった。