死のエレベーター

<死のエレベーター>

マスター:池田コント


 チン

 十三階に到着したエレベーターに、男は乗り込んだ。
 ビルが閉じる時間に近いからか、人は乗っていなかった。
 このビルの貸会議室では、明日、取引先相手のプレゼンテーションがある。
 男はその責任者で、他の社員が帰ってからも一人で最終チェックを行っていた。
 腕時計を見ると、午後二十一時ちょうどを指していた。恋人が四階のカフェスペースで待っているはずである。
 予定より遅くなってまた小言を言われるのだろうか。
 そう思って、ため息を吐こうとして、男はとっさに振り返った。
 空気の変質のようなものを感じたからだった。知らない間に、歩きすぎて見覚えのない場所に来てしまったような驚き。
 エレベーターの中にいたのだからそんなことはあるわけがないのに。
 だが、事実として、男の目はエレベーターの中にひしめきあう人間達を映した。
 数瞬前には確かにいなかったはずなのに。
 恐怖する男をよそに、エレベーターは激しく揺れながら、下降して行く。

 チン
 チン
 チン

 そのスピードは加速していく。
 男は気づかない。男の背後の壁に、一瞬黄色い光が点滅したのを。
 その光点から突き出された赤い槍状の物体は男の体を貫き、男は大量の血を吐いた。
 そして、エレベーターは瀕死の男を乗せて、どことも知れぬ奈落の底へと消えていった。

「あ、これで全員かな? まぁ、そろそろ時間だから、始めるね」
 視聴覚室に能力者達が集まったことを確認すると、長谷川・千春(中学生運命予報士)はそれまでメモと並行していたおしゃべりをやめる。
 彼女は活発そうな少女で、その容姿に違わず、溌剌とした口調で依頼の説明を始めた。
「エレベーターの地縛霊を退治するんだよ」
 場所は某市の十五階建てのビル。人の出入りが激しいのは昼で、地縛霊の出現時間頃にはほとんど人はいない。
 そのビルは、かつて、エレベーターの落下事故で二十一名の死者を出し、以来事故の時刻になると地縛霊が支配する死のエレベーターが出現するようになった。
 既に一名の男性会社員が遭遇し、生存は絶望的である。
 これ以上の被害が出る前に、退治して欲しい。
「エレベーターは定員約二十名の大型のものだよ。一見普通なんだけど、これが厄介でね」
 底に落ちきるまでの時間は二分間。エレベーターはまるでジェットコースターのようなスピードで落下する。
 その間、地縛霊は、エレベーターの外から十二回ほど『赤い槍のような物で、エレベーターごと中の人間を串刺し』にしようとしてくる。
 この槍が出てくる場所は、一瞬黄色く点滅するので、四方の壁と天井と床、つまり上下左右全方向を良く観察すること。
 出てくる方向さえわかれば、避けるのは難しくないだろう。
 だが、万が一、槍に串刺しにされれば、大ダメージは避けられない。注意すること。
 槍の攻撃を耐え切ったら、エレベーターが開いて、存在しないはずの地階に到着する。
 二十メートル四方のフロアで、特に遮蔽物はない。
 そこにいる、赤い槍を持った鬼のような姿の地縛霊が本体だ。
「エレベーター内に出現するたくさんの人影も、フロアにいる人影も幻で、本体は一体だけ。地縛霊らしく、右足から鎖が出ているから、それを目印にしてね」
 エレベーターの罠をくぐりぬけることができれば、本体自体はそんなに強いわけではない。
「大丈夫、君達ならきっと何とかできるよ!」


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
月宮・剣(中学生魔弾術士・b02720)
佐原・利也(高校生魔剣士・b02831)
四条・紗羅(中学生白燐蟲使い・b04196)
宿院・弓弦(中学生魔弾術士・b02217)
神井・上人(高校生ゾンビハンター・b04328)
天海・桂(中学生白燐蟲使い・b02988)
如月・美香(中学生フリッカースペード・b03342)
八月朔日・灯夜(高校生ファイアフォックス・b06994)




<リプレイ>


●エレベーター前
 某市のビジネス街に位置する十五階建てのビル。
 十三階のフロアに能力者たちはいた。
 時刻は午後二十一時の十分前。自分たちの他に人影はなく、空調の音がなっている他は不気味なほど静まりかえっていた。
「監視カメラはないみたいだ。ここでイグニッションしようか」
 月宮・剣(中学生魔弾術士・b02720)は仲間たちを振り返った。
「事故で亡くなった方々は可哀想ですけど……このままにしておけば被害者はきっと増えるのですよね。ちょっと怖いけど……頑張って成功させましょう」
 天海・桂(中学生白燐蟲使い・b02988)が意気込むと、剣はうなずき返した。
 自我を失い、人を殺す化け物と成り果てた地縛霊に対して、対決する気持ちを確かめ合う面々とは対照的に、如月・美香(中学生フリッカースペード・b03342)はうつむき、震えていた。
(「くっ、ふぅ……なんだか、吐き気が……」)
 初依頼の緊張が高まったのであろう。何のつながりもないことが美香の頭の中を駆け巡っていた。そのどれもが気持ち悪い。
(「……思考を現実に向けなくては……」)
 そのとき、美香の肩を叩く者があった。八月朔日・灯夜(高校生ファイアフォックス・b06994)だ。びくつく美香に、驚かせて悪いと謝り、灯夜は笑いかけた。
「大丈夫だ。みんなが協力すれば絶対成功するって。頑張ろうぜ?」
 恥ずかしくなったのか鼻をかいて、
「ま、俺も緊張しているんだけどな」
 明るい表情にこもった優しさに、美香は不器用ながらも精一杯の笑みで応えた。
「はい。がんばりましょう」
 イグニッションを済ませた能力者たちは問題のエレベーター前で打ち合わせを再確認した。
 
 チン
 
 やがて、午後二十一時ちょうどに誰も乗っていないエレベーターが口を開いた。
「しばらく僕は喋れなくてフォロー出来ないけど、がんばって。信じてるから」
 宿院・弓弦(中学生魔弾術士・b02217)はにこやかに笑って、猫変身をした。続いて剣も猫変身する。
 神井・上人(高校生ゾンビハンター・b04328)が四階のボタンを押すと、彼らを乗せたエレベーターはゆっくりと下降し始めた。
 それが、死のエレベーターであることを思い出す。
(「さて、第一ラウンド開始だな。簡単に串刺しに出来ると思うなよ」)
 弓弦は心の中でつぶやいた。

●密室の中の奮闘
「そういや。使役されていないゴーストは初めてだな。ぶっ壊してやる」
 佐原・利也(高校生魔剣士・b02831)は意気十分な様子で左手のひらに右の拳をうちつける。
「この中は暗くはないようだな」
 四条・紗羅(中学生白燐蟲使い・b04196)は男っぽい口調で言った。しかし、もし突然照明が消えても対応できるように気持ちは備えておく。
 エレベーター内で能力者たちは打ち合わせどおりに配置につく。
 天井は佐原・利也。
 床は八月朔日・灯夜。
 東は天海・桂。
 西は如月・美香。
 南は四条・紗羅。
 北は神井・上人。
 エレベーターは普段どおりに下降していく。
「……? 変化がない」
 ですね、と上人が続けようとした瞬間、エレベーター内はひしめきあう人影で満たされた。そして、エレベーターは激しく揺れて急速に下降していく。
 動揺しつつも、上人と灯夜はあらかじめ設定しておいた携帯電話のアラームを起動させた。
 これから二分間。
 逃げ場のない密室でしのがねばならない。はりつめた空気が漂う。
 攻撃の予兆は決して見逃すことはできない。それは仲間の身も危険にする。
 一秒一秒が長く感じられる。
 剣は下から見上げた幻の人影の顔が恐怖に歪んでいることに気づく。
 一抹の憐れみを感じないではなかったが、
(「いかなる理由があろうとも……己が理不尽を与えるものになっていいはずがない……安心しな、苦しみも悲しみも、俺が受け継いでやる……」)
 気持ちをひきしめ直す。
 そのとき、
「東です。神井先輩の顔を」
 桂の声が響く。慌てて回避した上人の頭の上を赤い槍が閃光のように通り過ぎ、手応えがなかったか、高速で戻っていく。
 ぞっとする。もし貫かれていたら……。
 一回。
 声をそろえてカウントする。
「あ、南。利也さんの腰辺りよ」
 紗羅の声。利也は腰をひねって槍をかわす。慌てた紗羅の口調が変わっていることを追求する余裕はない。
 紙一重の回避に冷や汗が落ちる。
 二回。
「足元だ。お前のな」
 灯夜は口より先に美香の体を抱き寄せていた。スカートをめくりあげるように槍が飛び出す。槍はぐるりとえぐるように回転したかと思うと、戻っていった。
 これで、三回。
 約十秒おきに赤い槍が能力者たちを襲った。
 半透明の幻たちが黄色い点の感知の邪魔をする。
 だが、そんなものは能力者たちにとって小細工でしかない。
 激しい揺れと浮遊感に耐えながら、能力者たちは見事な連携で回避し続けた。
(「リズムに乗るんです」)
 ドキドキする胸をおさえて、美香は自分に言い聞かせる。
(「みんなと一緒に踊るダンス。ならば、なにも怖くありません」)
 美香は一つ避けるごとに思考が澄んで感覚が鋭くなるように思えた。
 十二回を数えて、携帯電話のアラームが鳴る。
 誰からともなく警戒を呼びかける。幸いに危惧したほどの衝撃はなく、エレベーターは地階に到着した。
(「猫の状態ではむしろ回避能力は落ちていたね。僕としたことがうっかりだ。僕と剣君に攻撃がこなかったのは幸運だったよ」)
 猫変身を解除しながら、でも、と弓弦は思う。
「ここからは反撃といこうか。第二ラウンド開始だ」

●対決
 扉がゆっくりと開いた。
 上人は奇襲がないか構えたが、それはないようであった。
 前衛から順にエレベーター内から出る。
 あるはずのない地階。
 フロアは暗闇に包まれていた。電灯らしきものはあるが、明りを期待してはいけないだろう。
 桂と紗羅が白燐光で闇の中から無数の人影を照らし出す。エレベーター落下事故で死んだ人々のありし日の姿。彼らの頭からはみるみるうちに角が突き出、鬼の姿へと変化していき、能力者たちを見るや赤い槍を振り上げた。
 しかし、それはしょせん幻である。
 利也は本体ではないと判断した幻からの攻撃は避けるそぶりすらせず、させるに任せた。惑わされずに行動する。
 灯夜は幻をつっきり本体を探す。通り抜けるときは少しだけ気味が悪かった。
「いました。本体です」
 見つけたのは桂だった。
 右足から鎖をはやした地縛霊本体は隙を見て槍を突き出そうと狙っていた。対象を桂に変えて、迫る。
 すかさず、利也が間に飛びこんだ。顔面を狙って長剣を突き出す。長剣を避けて、振るった槍を利也は軽々と跳んでかわした。
「俺たちを殺そうと熱心なところ悪いが、今のお前は狩られる側だ」
 すぐに全員が集結した。地縛霊との決着をつけるときだ。
 まず、利也が動いた。今度は部位を狙わず長剣を振るう。地縛霊は避けきれず腹を切り裂かれた。
「術式選択……フレイムバレット」
 剣はよろめく地縛霊を鋭く指し示す。後方からの炎の魔弾。術式を編みこんだ真紅の弾丸は狙いあやまらず地縛霊に命中し、その全身を魔炎で包んだ。
「消えて、なくなれっ」
 紗羅は気合と共に白燐拡散弾を放つ。解き放たれた白燐蟲を避けきれずに地縛霊は全身を食いちぎられた。
 利也の後方で、桂は手裏剣を投げる動作をする。と、手のひらに出現した水刃手裏剣が飛び、地縛霊の体に突き刺さった。
 美香もまた水刃手裏剣を放つ。鋭く飛んだ透明な刃を地縛霊は避けることができない。
「今夜が最後だ。もういい加減、辛いだろ。開放、してやるよ」
 弓弦は照明を担当する女の子が狙われないか気にかけながら、くるりと箒を回し、炎の魔弾を撃つ。弾丸は地縛霊を撃ち抜いた。
 上人はロケット噴射の勢いに乗せてハンマーを地縛霊の体にたたきこんだ。
 地縛霊は後衛を狙おうとするが、そのルートを灯夜が邪魔をする。地縛霊は灯夜に目標を変え、肩口に槍を突き刺した。
 灯夜は苦痛に顔をゆがめながら、不敵に笑い、
「滅びやがれッ」
 闇のオーラをまとった詠唱ガトリングガンで、地縛霊の体に大量に弾丸を撃ち込んだ。
 戦いはなおも続き、互いに手傷を増やしていく。
 やがて、
「闇よ……集いて、光すら断つ剣となれ」
 剣の箒による黒影剣が、異形と成り果て更なる不幸を招いていた地縛霊をあるべき形へ返した。

●戦いを終えて
 桂と美香は人影の消えたフロアの探索を行い、一人の青年の遺体を見つけた。
「苦しみも、悲しみも、全て置いていくといい……」
 剣と美香は手を合わせて死んだ人々の安息を祈った。
「傷は大丈夫か?」
「あー、俺は大丈夫。日光に当たってれば勝手に治るさ」
「それは、便利だな。今は夜だが」
 紗羅の言葉に、灯夜は「そういえばそうだったな」と陽気に返した。
「お前らと組めて楽しかったぜ?」
「そのセリフは死亡フラグだよな」
 笑い合う。
 陰惨な過去から生まれた特殊な空間は、能力者たちの結束という明るい思い出で塗り重ねられたのだった。