大きな通路の小さな妖獣

<大きな通路の小さな妖獣>

マスター:池田コント


 汚水がごうごうと流れている。
 暗く、身をおかす臭気がたまった、コンクリートの道。下水道。
 もはや、もとが何であったか判別のつかない汚らしい物体がいたるところに付着している。ねばつく液体が上から垂れて水たまりを作っている。
 そんな場所に迷い込んだ猫が一匹。
 野良猫か。首輪はなく、毛並みも悪い。
 野性が強いのでネズミを殺し、捕食していたが、猫は早々にここから立ち去るべきであった。死をもたらす存在……赤い瞳のネズミに会う前に。
 食物連鎖に従えばネズミは猫の補食する対象である。
 だが、その赤い瞳のネズミは普通のネズミではなかった。ヘビのような牙を生やし、ネズミ本来の足の他に昆虫の関節肢があった。
 そして、猫を認識するやいなや、予想外の素早さで跳ぶように襲いかかってきたのである。
 完全に食うもの食われるものの立場は入れ替わっていた。
 猫は仕留めたネズミの残留思念ごと、妖獣に食われた。

 能力者達が視聴覚室に入ると、藤崎・志穂(高校生運命予報士)は小さなパックの牛乳をストローでちゅうちゅう吸っているところだった。
「あ、みなさんお待ちしていました」
 慌てて牛乳パックをしまうと、瞳の大きな童顔の少女は依頼内容の説明を始めた。
「今回の妖獣はネズミに似た姿をしています」
 妖獣は一匹。某市内の下水道に潜み、獲物を求めて速いスピードで徘徊している。
 残留思念を敏感に察知し、主に死骸のものを食しているが、動物を襲ってむりやり発生させることも覚えてきている。
 人を襲ったことはなく、また放置していてもしばらくは致命的なことにはならないだろうが、こうした妖獣が増えていけば都市機能がマヒすることもありえる。確実に駆除していきたい。
 また、下水道内は、床がすべりやすい上に、小さな坂があるので注意すること。
「それと、この妖獣は非常に好戦的ですが、頭が良いので、敵わないとわかれば逃げ出すでしょう。小さくて非常に素早いので逃げられないようにしてください。特に、壁にあいた小さな穴には逃げ込まれないように。何か工夫が必要かも知れないですが、普通のネズミ捕りとかは効かないと思いますし……」
 悩んだが、有効な策は思いつかないようであった。
「あ、汚れてもイグニッションを解けば、臭いも汚れも残らないみたいですよ。便利ですね」
 志穂は柔らかい微笑みを浮かべて言った。
「場所が場所だけに、あまり気の進まないお仕事でしょうが、誰かがやらないといけないものです。どうかよろしくお願いします」


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
アキシロ・スチュワート(高校生符術士・b01500)
アサクラ・サクラ(小学生ゾンビハンター・b01227)
ヘイズ・ブロウニング(中学生魔弾術士・b06244)
後鳥羽・ルイーザ(小学生霊媒士・b03215)
黒心・燈月(中学生白燐蟲使い・b04605)
鍔原・健吾(中学生ファイアフォックス・b00291)
灯来・深音(中学生魔剣士・b06422)
隆良・准(中学生魔剣士・b06494)




<リプレイ>


●マンホールから
 空は晴天。
 夏らしい陽光が降り注ぎ、蝉がうるさいほど鳴き続けている。
「この路地裏なら通りから見えないよ。人が来ないうちに入ろう」
 陽光に目を細めた黒心・燈月(中学生白燐蟲使い・b04605)はそう言って先んじて下水道内に進入した。イグニッションは既に済ませてある。
 中は暗く異臭で満ちていた。燈月は足元を照らすように白燐光を発動させた。
「気をつけて。ぬれててすべるよ」
「大丈夫。だと思ってボク、スパイク持ってきたもん」
 燈月の警告にアサクラ・サクラ(小学生ゾンビハンター・b01227)は見せつけるように足を持ち上げた。歳相応のあどけなさだ。
 他にもスパイクを用意している者はいたが、隆良・准(中学生魔剣士・b06494)はジーンズとシャツの軽装の上に、スニーカーであった。
 ヘイズ・ブロウニング(中学生魔弾術士・b06244)が准の顔を見上げて、そのことを尋ねると、
「ああ、すべってこけても、すぐ体勢を立て直せるようにな」
 と、准は答える。その言葉が終わらないうちに、
 
 ドテ
 
「ちょ……うわっ! ……なんでこんな所でぇ……イグニッション済ませておいて良かったですぅ」
 灯来・深音(中学生魔剣士・b06422)は早速すべって尻もちをつき、周囲をあきれさせた。
「彼女はスパイクをはいたほうがよさそうね」
「だな」
 ヘイズと准はうなずきあう。
 深音のモーラットが心配そうに鳴くので、深音は安心させるように言う。
「なめて治してもらうほど痛くないよぅ。ありがとうねぇ」

●打ち合わせ
「うぁ、下水道って……今更思うけど陰気な所だぜ」
 鍔原・健吾(中学生ファイアフォックス・b00291)はあちこちを見回しながら言った。異臭対策にマスクもかぶっている。
「キミ、ちょっとくっつきすぎじゃないかな?」
「だってぇ、わたしぃ、方向音痴でしょぉ? またすべりそうだしぃ。お願いしますぅ。そでつかませてください」
 深音は照明係の燈月にぴったりとくっついている。涼しい下水道内で、お互いの存在感が浮き上がるように意識された。
「しかし、白燐光がこの明るさなら、懐中電灯はまだしもカンテラを用意するまでもございませんでしたね。まぁ、不測の事態に備えるのは大切でございますから」
 この下水道内でいかにも不自然な燕尾服を着ている、最年長のアキシロ・スチュワート(高校生符術士・b01500)は地図を確認しながら言った。
 入手できた地図はそれほど精度が高いわけではないが、大まかに下水道内の構造を把握する分には十分なものであった。
「ここならいいんじゃないの? 逃げ場所がなくて、まちぶせしやすいと思うの」
 ある地点に来たところで、スケルトンをつれた後鳥羽・ルイーザ(小学生霊媒士・b03215)が言った。アキシロはうなずいた。
「では、このセメントで小さなヒビ等は埋めてしまいましょう」
 アキシロが持ってきたのは、日曜大工などで用いられる即効性のハンディセメントである。普通のセメントでは乾燥しきって完成するまでに時間がかかるために、こちらを選択した。
「田中君も手伝ってね」
 ルイーザの言葉にスケルトンの田中君は黙々と従う。
「アサクラ様、死人嗅ぎをお願いできますでしょうか?」
「向こうの方にいるけど、まだ見える所まではきてないね」
 アキシロとアサクラのやり取りを聞いて、
「北東の方角ね」
 ヘイズが方角を確認して地図と照らし合わせる。ヘイズはおとり役をする。危険な役割であるため、最終的な打ち合わせは密に行った。
「気をつけて」
 燈月の言葉には、一人場を離れるヘイズに対し心配する気持ちが現れていた。
 ヘイズはその優しい同級生の女の子に笑ってみせた。

●妖獣狩り
 下水の流れる音はすぐそばを流れているというのに、どこか遠くに聞こえていた。
 集中できている。同時に神経の高ぶりをヘイズは感じた。猫変身をしている状態では身体能力は猫同様に落ちるため、危険なおとり役である。
 だが、それほど恐怖は感じなかった。頼もしい仲間がそろっているからかも知れない。
(「今は、全力でネズミの攻撃から逃げることだけ考えればいいかな」)
 アサクラの死人嗅ぎによれば、そろそろ遭遇してもよいころあいである。
 まもなくして。
 暗闇の中から自分を狙う赤い瞳の存在に気づいて、ヘイズはアサクラの能力の正しさを知った。

 争うような騒がしさが近づいてきた。横穴などはほとんどない一本道。
 燈月たちは息を潜めてそのときを待つ。ヘイズはネズミ妖獣の牙によって傷つけられているようだったが、奥歯をかみしめて飛び出したくなる気持ちを抑えた。
 今飛び出せば、ヘイズの行動をむだにすることになる。
 こらえて、こらえて。
 まだ。まだだ。
「今よ」
 ポイントに到着したことを確認したヘイズは待機している仲間に向かって叫んだ。攻撃を受けたために猫変身は解けていたが、好戦的なネズミ妖獣は構わず執拗に牙を向けている。
 燈月の手のひらから放たれた白燐光が周囲を照らす。
 光を感じた瞬間、姿を浮き上がらせられたネズミ妖獣を狙って、准が躍りかかった。
「ロケットスマッシュ」
 ロケット噴射の勢いにのって、准は長剣を繰り出す。横合いから斬りつけられて体勢をくずされたネズミ妖獣をアサクラのハンマーが襲った。小さな体が衝撃で跳ぶ。
「ボクは敵には容赦しないよ」
 ネズミ妖獣は痛い打撃を食らわせてくれた准とアサクラをにらむ。くみし易いと考えたか、アサクラに跳びかかろうと思ったところをアキシロのガンナイフから放たれた魔法の弾丸がけん制した。
 ネズミ妖獣は周りが敵だらけであることに気づいた。そして、その敵はこれまでにあったどの獲物よりも強いことも。
 ネズミ妖獣は逃亡を試みる。しかし、そのことに気づくころには既に退路は他のメンバーによって断たれている。
「頼りになる先輩方に、わたしと田中君。これだけのメンバー相手にまさか逃げられると思わないよね」 
 ルイーザとスケルトンの田中君が行く手をふさぎ、じりじりと近づいてくる。ネズミ妖獣は田中君の骨にかじりつき、離れた。
 着地したネズミ妖獣は素早く方向を転換し、小さな横穴に向かう。しかし、穴の入り口を前にして、着弾した炎が立ち上った。
「おっと残念。そっから先は通行禁止だ」
 健吾のフレイムキャノンだ。健吾はすかさず横穴へのルートをふさぐ。
 どうあがこうと、包囲網は完成しているのだ。
 ヘイズが集中する。指先から放たれた炎の魔弾は、ネズミ妖獣を准の近くに追いやり、すかさず准は飛燕のごとき速さで長剣を振るった。
 燈月は味方の優勢を見てとって照明係に徹する。
「そろそろお休みのお時間でございますよっ」
 裂帛の気合とともにアキシロの体から解き放たれた白燐蟲は、不規則な軌道を描きながらネズミ妖獣に襲いかかり、小さな体を食い破った。
「徹底的にやるよ」
 アサクラの、腰のひねりを加え、遠心力を十分に得たハンマーの強烈な一撃がネズミ妖獣にたたきつけられた。
「もー! いい加減、降参してください」
 体の大きさの割にしぶといネズミ妖獣に深音の長剣が突き刺さる。戦闘が開始してからの彼女の動きは、すべっていた彼女とは思えない俊敏なものであった。
「なっはっはー。逃がさん、逃がさん、逃がさ〜ん」
 雨のように降り注ぐガトリングガンの弾を必死で逃げまどうネズミ妖獣に、たたみかけるように田中君の斬撃が襲う。
 ルイーザは雑霊を呼び集めて生成した、境目のぼやけた透明な弾丸で、ネズミ妖獣を撃ち抜いた。
 ネズミ妖獣は決死の様子で准の皮膚を牙で切り裂いた。
 准はひるまずにネズミ妖獣に向かう。闇のオーラをまとった准の黒影剣がネズミ妖獣をとらえ、
「これで、終了だ」
 ネズミ妖獣の体は二つに別れ、戦闘は終わった。

●依頼終了
「くぁーっと〜! お疲れみなさん!」
 下水道から出てきた健吾は大きな声でそう言った。
「あー……やっと元の服装にぃ……」
 深音はイグニッションして早々に汚れた服から解放されて、安堵する。帰りも数回転んでしまったのである。
 下水道から出るまでの間に、モーラットはペロペロとみんなの傷をなめていやしていた。
 ルイーザはついでとばかりに拾ったゴミを入れた袋を見て満足気にほほえみを浮かべる。
 ルイーザに賛同した者たちの協力のおかげでたくさんのゴミが拾えた。
 アキシロが提案した。
「みなさま、わたくしめがポットに入れて紅茶を持参してございます。ゴミを捨てたら、どこか休憩場所を探して、紅茶の時間といたしましょう。ダージリンですよ」
 下水道の依頼をこなした能力者たちの横を、さわやかな風が吹き抜けていった。