望まれぬ生と死に

<望まれぬ生と死に>

マスター:西灰三


 ぼくはひとりだった。
 からだのおおきなやつらにおそわれたりしたけれどなんとかいきてた。
 だからてつのはこにとじこめられたときもなんとかなるとおもった。
 べつのはこにとじこめられてくるしくなったときもどうにかなった。
 だってとじこめたやつもぼくがたべちゃったから。

 銀誓館学園にも飼育小屋はある。使われているものがあれば使われていないものもある。能力者と運命予報士たちが集まったのは後者の今は使われていない飼育小屋の前だった。
「ああ、お前達は動物を飼ったことがあるか?」
 王子・団十郎(高校生運命予報士)は、能力者たちが集まったのを見計らってそう口を開いた。
「それがどうかしたんですか?」
「いや、今回の相手がな……ペット、というより犬のリビングデッドでな……なんとなくだが聞いてみただけだ。気にしないでくれ。それじゃ今回の情報だ」
 静かに今回の仕事の詳細を語り出す。
「保健所の職員が捨て犬のリビングデッドに食べられる事件が起きた。もちろん世界結界の中だから表面上はただの失踪という形になってはいるが。どうやら、ガスによる処理後にリビングデッドと化した犬に襲われたようだ」
 動物好きの彼からすると複雑な思いがあるのだろう。
「まだリビングデッドは保健所の構内で息を潜めている。そして他の犬や職員たちを見つけ次第、殺そうとするはずだ。新たな被害者が出る前にこれを倒してくれ」
 続けて状況説明をする。
「場所はさっきも言ったとおり保健所の構内だ。ただし、その中でもあまり人の寄らない死角になりがちな所にリビングデッドはいるから、余程派手なことをしない限り職員の方は来ないはずだ。進入経路としては、夜に忍び込んだり、犬を引き取りに来たという形で普通に入るという手段があるだろう。リビングデッドの能力はそのまま大型犬の身体能力を強化したものと考えてくれ。噛み付きや体当たり、俊敏性などは高いが1対1にならない限り苦戦するような相手ではないだろう」
 王子は軽く空の飼育小屋を一瞥した。
「ある意味人災なのかもしれん。だがそうである以上、人の手で解決すべきことだと俺は思う。人間の勝手な思い込みなのかもしれんが……ヤツの開放をよろしく頼んだぞ」


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
リエン・シュナイト(中学生魔弾術士・b02973)
希龍・浩一(中学生魔剣士・b04069)
九曜・尚人(高校生符術士・b05691)
源・春木(高校生魔剣士・b05790)
更夜・枝璃夏(中学生ゾンビハンター・b00971)
宰領・咲(高校生ゾンビハンター・b04144)
上月・真矢(高校生青龍拳士・b03385)
森・剣龍(高校生水練忍者・b02558)




<リプレイ>



 空には灰色の雲がひしめいている。それはまるで今回の事件の解決にたずさわる者たちの心をあらわしているかの様でもあった。
「悪いのは人間……そんなこと分かっていてもどうにも出来ないってのは辛いな……」
 そう呟くのは更夜・枝璃夏(中学生ゾンビハンター・b00971)。
「全てを理解したとしても奪うことでしか応じてやれない……。憎悪も孤独も悲しみも寂しさも全て受け止め元の輪廻へ」
 彼女の呟きに返すように、呟くのは希龍・浩一(中学生魔剣士・b04069)。複雑な自身の背景との類似性をそこに見ていたのかもしれない。
「まずは動きましょう」
 陰鬱な空気に取り込まれたメンバーに宰領・咲(高校生ゾンビハンター・b04144)は声をかけて行動を促した。


 今回は周りへの被害を抑えるために日の出ているうちにリビングデッドの居場所を突き止めて、夜になってから実際に戦闘を行うという作戦を取ることとなった。情報収集の効率化のために分担して情報収集することとし、それぞれの情報の連携を密にするために携帯電話を各自用意した。

 九曜・尚人(高校生符術士・b05691)、源・春木(高校生魔剣士・b05790)、咲、浩一の4人は2班として情報収集を行い始めていた。その途中で浩一が進み出る。
「すまないが、俺は……」
「潜入の話じゃな? 頼みましたぞ」
 尚人は浩一の申し出に応える。浩一は闇纏いの能力を使って、建物の中で見つからないように情報収集を行い夜になってから仲間を引き入れる手筈となっている。
「気を付けて行って下され」
 一声をかけて一行は保健所の建物内を中心にリビングデッドがいないかを見て回る。
「この近くにいるのは確かなんですが……」
 春木や咲などのゾンビハンターの能力の一つである死人嗅ぎは、付近にいるゴーストを感知する能力だ。しかし、精密さにかける部分があるので実際の位置などは自らの目などで確認することが必要となる。
 それでも彼らは構内にあるリビングデッドの潜伏していそうな場所をチェックしていた。

 時を同じくしてもう一方の班は保健所の敷地内でも屋外の方、駐車場やその他の倉庫のある側を回っていた。
「この保健所の見取り図とかあれば楽なんだけどな」
 歩きながら上月・真矢(高校生青龍拳士・b03385)はそう呟く。彼女はこの施設の地図などを欲していたが、そういったのものは受付には置いていなかった。
 こちらの班もリビングデッドが隠れられそうな所を重点的に見て回っていた。その途中では、当たり前のことかも知れないが幾度か保健所の職員とすれ違う機会があった。声をかけられたこともあったが、そのときはリエン・シュナイト(中学生魔弾術士・b02973)が犬を見に来たんですと誤魔化した。
 そして幾人かがかが通り過ぎた時に不意にリエンの背後の木から声が聞こえてきた。
「ふう〜、危なかったな」
 リエンが思わず声のする方に顔を向けるとそこには何故か森・剣龍(高校生水練忍者・b02558)がいた。
「なんで木の上なんかにいたの?」
 リエンが不可思議な所から出現した剣龍に問いかけた。
「いや、職員に見つかったらいけないと思ってな。……もしかしてそんなことをしなくても良かったのか?」
 そういえば、同じ班の予定だったのに一人姿が見えなかった気がする。どうやら裏口側から職員に見つからないように一人でリビングデッドを探していたらしい。事情を察した剣龍は少々恥ずかしそうに真矢たちと合流し捜索を再開した。

 浩一は一人捜索班から離れ建物内を闇纏いで姿を隠しつつ情報収集していたが、今回の被害者に関する情報は特に得られなかった。
 息を殺して潜んでいると、ほかの仲間からの連絡で懐の携帯電話が振動する。邪魔にならない所で通話状態にすると大体の位置は掴めたとの連絡が入る。後は夜を待っての行動となりそうだった。


 空にある雲の厚さは変わらず暗さだけが増し、周りは既に夜の姿を呈していた。その圧迫感は昼よりもさらに強くなったかのように感じられる
 そんな空の下能力者たちは待機していた。
「こんなとこから入っちゃっていいのかな……?」
 真矢は開けてもらう予定の窓を見る。
「別に構わんじゃろ」
 手に持った懐中電灯をもてあそびながら、尚人は真矢の疑問に答える。もっとも真矢のほうは疑問を上げたものの、別に入ることに気後れしているわけでは無いようだ。
 進入地点で待機していると窓が不意に開き中から浩一の姿が現れる。彼らは構内への侵入を開始した。

 リビングデッドがいるであろうと思われる場所は保健所の建物内にある駐車場、いわゆる地下駐車場というものである。春木は自らの得物である長剣を振り回せないと危惧していたが、現地はそれほど狭いわけでもなく武器を振り回すのに不自由はないようであった。
「こんな所に本当に隠れているんでしょうか?」
「割と隠れる所は多そうじゃよ。作業用の車の陰とか駐車場の隅のほうとかな」
 咲の疑問に尚人は答える。
 能力者たちは、まだ構内にいるかもしれない一般人たちに出会わないよう注意しつつ移動し地下駐車場へ向かった。

 駐車場内の点滅する蛍光灯にてらされ、コンクリートの柱と壁に囲まれたところに犬のリビングデッドはいた。その体は既に腐りかけており、頭部にある瞳は濁っていてただ茫洋とした視線を湛えているだけであった。しかしそのような状態であっても腐りかけた目玉を能力者に向けている。
「もう終わりにしないか?帰るべき場所に帰ろう……」
 剣龍はそう問いかけるも、元から言葉の通じぬ獣、ましてや死に腐り怪異となった存在にそのような言葉は届きはしない。それを分かっているのか真矢が誰にも聞こえないような声で語りかける。
「人間の勝手な都合でこんなことに……でもこのままじゃいけないから……ごめんね」
 死んだ犬がリビングデッドになったのは、必ずしも犬だけに責任があるわけではない。だがしかし最初から死ななければそのような結果にはならなかったはずだ。そして、その原因を作ったのは紛れも無く人間なのだから。
 枝璃夏は胸の内で語る。何故悪くもない生き物が苦しまなければならないのだろうかと。その苦しみから解放させるために彼女は武器を握り締める。
 戦える準備をしているのは彼女だけではなく他のメンバーも同様だった。
 戦いの気配を察知したのか、リビングデッドは目の前にいる能力者たちに襲い掛かってきた。

 最初に攻撃を受けることとなったのは春木だった。腐敗が進んでいるとは思えないスピードで素早く襲い掛かってくる。寸でのところで武器を構えて防ぐ。お返しにと攻撃をするがそれもまた回避される。
 剣龍やリエンが炎のつぶてを打ち込むが直撃には至らなかった。しかし相次ぐ高温の攻撃は確実に腐肉を焼いていく。
 焼け焦げながらもリビングデッドは能力者に怯むような態度は現れない。それは闘争心の表れなどではなく、目の前の相手を自らの死の糧とするためである。
 剣龍は語りかければ通じると思っていた。だがしかし目の前のそれは、死して尚動く不条理なモノだった。そこにはかつてあったであろう生命の証などはもう見られない。
 真矢や咲、春木など体力のあるメンバーが肉薄して武器やアビリティでの攻撃を行い、リエンや尚人が後方からの援護攻撃を行う。決定打は未だ出ぬものの戦いの天秤は既に傾いていた。が、リビングデッドはそのことを分かっていないのか戦いをやめるような気配は無い。もっとも逃げたところで、いずれ終りが来るのは自明の理なのだが。
「すまない……もう、終わりにするから……」
 枝璃夏は手持ちの武器を携えリビングデッドに振り下ろす。それはカウンター気味に体に吸い込まれ大きく肉を抉り取った。
 強烈な攻撃を受け体勢を崩したところに浩一が最後の一撃を見舞わんと動く
「憎悪も孤独も悲しみも寂しさも全て我が闇が喰らってやる。だから……渇かず飢えず……夢に還れ」
 言葉と共に放たれた闇をまとう剣はリビングデッドの体を食らい、そしてただの犬の死体に変えた。


「……できれば来世は、望まれた形で生まれるといいね……」
 リエンは腐肉の塊と化したリビングデッドに言葉を捧げる。生きていることを望まれることは無く、その死でさえも安らかではなく、ただ止まることしか望まれなかった存在に。
 剣龍は死臭がその体に染み付くのをいとわずに死体を抱きしめた。
「お前も被害者なのにゴメンな……」
 その言葉には言い切れぬ想いがあるのだろう。言葉では表現できない分しっかりと剣龍は抱きしめた。
 浩一は一本線香に火をつけて供えた後、撤収を始める。他のメンバーも浩一と同じように撤収し始める。ここに残された死体はそのまま嫌がらせとして置かれた物として扱われるだろう。

 能力者が外に出たときには空は明るくなり始めていた。そして重そうな雲はまだひしめいていた。