妖魚来襲

<妖魚来襲>

マスター:黒金かるかん


 港ヨコハマを遊覧船が行く。そのデッキの上。
「揺れてるわね。そんなに波もないのに」
「何か……音がしない?」
「あら、何かしら?」
 そのときは特に何もなかった。
「ママ! おっきなおさかなさんがいるよ!」
「あら、お魚見れた? 良かったわね」
「つのがあったよ」
「角?」
 変な魚を見たと言う子どもが一人いただけで。
 だが点検の時に、遊覧船の横腹に傷がついていることが確認された。何か尖ったもので突かれたような傷だったが……

「その傷は魚の妖獣……妖魚が体当たりしてつけた傷なんです」
 藤崎・志穂(高校生運命予報士)は、横浜の海に巨大妖魚が潜んでいることを告げた。
「この妖魚は環境汚染で死んでいった魚たちの残留思念が集まって生まれたものです。大きな角のあるエイみたいな形で、人間を憎んでいます。まだ力が弱くて大型船に歯が立たないのもありますが、遊覧船には人間がたくさん乗っているので……狙うことにしたみたいです」
 横腹に体当たりをしているのは、船を転覆させて人間を手の届く海に落とそうとしているのだ。まだ転覆には至っていないが、放置しておけばいつか被害が出る。今のうちに倒さなくてはならないだろう。
「皆さんは狙われている遊覧船に乗ってください」
 遊覧船のチケットが志穂の手から配られた。
「席は自由席です。一番低いところの席は、かなり海面に近いです。妖魚が顔を出せば、そこからなら打撃攻撃でも届きますが、攻撃も受けます。後、気をつけて欲しいのは……水が濁っていますので妖魚が潜っていると、どこにいるのかわからなくなります」
 引き寄せ、タイミングを合わせて一気に戦わないといけないだろう。
「強い相手ではありませんので……とにかく、複数人の攻撃を一気にできるタイミングですね」
 傷を負わせて潜られると、逃がしてしまうこともあるかもしれない。
「海が綺麗になれば、こういう妖獣は減るのかもしれませんが、一朝一夕にはいきませんね。私たちにできることってなんでしょう……ゴミ拾いくらいでしょうか」
 少し雰囲気がしんみりしたのを打ち払うかのように、志穂は微笑んで見せた。
「退治が終わったら、近くには中華街もありますから……良かったらお土産買ってきてください」
 それではよろしくお願いしますと、志穂はぺこりと頭を下げた。


<参加キャラクターリスト>

このシナリオに参加しているキャラクターは下記の8名です。

●参加キャラクター名
ギルガメッシュ・ガーランド(高校生魔剣士・b00184)
各務・天華(高校生白燐蟲使い・b00353)
桜塚・蒼空(高校生水練忍者・b00606)
朱皇・聖(高校生ファイアフォックス・b03214)
神代・望月(小学生魔弾術士・b04741)
清氷院・竜耶(高校生魔剣士・b00719)
川中・龍汰(高校生水練忍者・b00639)
鵺神・麗華(高校生魔剣士・b02115)




<リプレイ>


●みなとみらい発
「自分の番号はこれです」
 川中・龍汰(高校生水練忍者・b00639)は携帯電話を持つ仲間に、自分の携帯電話の番号を教えた。
「では、かけてみますわね」
 各務・天華(高校生白燐蟲使い・b00353)は、教わった番号に兄から借りてきた携帯電話で電話をかける。
「もしもし。ではこれが各務さんの番号で」
 着信を受けた後、龍汰は番号を確認した。
「俺のも教える。今かけるから」
「あ、俺も!」
 清氷院・竜耶(高校生魔剣士・b00719)と神代・望月(小学生魔弾術士・b04741)も番号を教えたり、教えてもらった番号にかけたりして番号を教えあう。
 同じ依頼を受けてそれぞれ携帯電話を持参したならば、これは当然の光景だ。初めての同行ならば必ず行われる、恒例行事である。
「これで携帯持ってきたヤツのは全員か?」
 桜塚・蒼空(高校生水練忍者・b00606)も登録した番号を見て、仲間の顔を見回した。他は持ってきていないようだ。
「足りるでしょ」
 ギルガメッシュ・ガーランド(高校生魔剣士・b00184)は軽くウインクして言う。
「船が来るぞ」
 そこで、朱皇・聖(高校生ファイアフォックス・b03214)と鵺神・麗華(高校生魔剣士・b02115)が乗り場のほうから一同を呼んだ。
「もう並びませんと……良い場所が取れません……」
「あっ、そうだ! いかなきゃ!」
 望月が走り出す。それについて他の五人も桟橋に降りていった。

 乗船が始まると、望月は場所取りのために真っ先に走った。
 この遊覧船は小さくて、席には位置の低い席高い席があるが、明確な一階二階の区別はない。屋根のある部分には途中に間仕切りになる壁があり、視界はそこで一応遮られる。船首と船尾には屋根がない。
 外から見てもわかったが、一番低い席というのは乗船口にあたる中央の周辺だ。その両脇の部分は、水飛沫を避けるために窓ガラスがはられている。乗船口のある場所の左舷と右舷だけが、扉があるために窓がない。
 なのでぱっと見でも、この船で彼らが戦闘できる場所は三ヶ所しかないことがわかる。船首部分と船尾部分、そして中央の乗船口周辺だ。
 船首と船尾はやや高い位置のため、近接攻撃する者は中央しか選べない。遠距離攻撃が可能な者は三ヶ所のどこにいても、端から端へということでなければ攻撃は届くだろうと思われたが。
 とすると、全員が選ぶべきは自然と決まる。船の中央の乗船口付近だ。
「お兄ちゃんお姉ちゃんたち! 早く早く!」
 中央の通路を挟んで向かい合う席を押さえ、望月が呼んだ。
「ありがとうございます」
 麗華が静かに、海側にいた望月の隣に座る。聖は夏だというのに黒い外套を着たまま、黙って望月の前の海側の席に座った。
「はーいはいはい、ぼうや、お姉さんにちょっと席譲ってねぇ」
 ギルガメッシュは望月を退けて、海側の席を確保する。えーっと言いながらも、望月は椅子を降りた。
「それではわたくしは、少し他の席を見てきます」
「自分も一緒に行ってきます」
 天華と龍汰がそう言うと。
「あ、俺も行く!」
 望月もついでだからと天華たちについていった。ふと何が気になったのか麗華も立ち上がって、その後を追う。
 それで空いた席を塞ぐようにギルガメッシュは席三つ分を使い、どっかりと偉そうに足を伸ばした。
「はいはい、行ってらっしゃい。席のことは安心してていいわよ」
 マナーは悪く見えるが、席取りは彼らには重要なことだ。
 席に残ったのは四人。蒼空は椅子に座らず、手すりにもたれるように海面を眺めていた。
 そこに竜耶も来て並んだ。
 乗船口を振り返ると、まだまばらにながら乗船は続いていた。

「龍汰さん、ここにあります」
 龍汰と天華が探しに来たのは火災報知器だ。実は中央通路に近い間仕切りの柱の裏側にあった。多分反対側にも同じような位置にあるだろう。
 天華の見つけた報知器の上側に、緊急時の説明の書かれたプレートが貼ってあった。
 ついてきた麗華は、それをじっとみつめて。
「あ……」
 あることに気がついた。
「この作戦、大丈夫でしょうか……」
「どうしました、いきなり」
 火災報知器の前の席を確保して、龍汰と天華と麗華の三人は並んで座って声を潜める。
「普通、船には救命ボートがあるでしょう……この船は小さいので、救命胴衣しかないようですけど……もし、こういう依頼で火事の騒ぎを起こして……慌ててボートなどで逃げるような人がいたら……」
 真っ先にそういう慌て者がゴーストの餌食になる。
「それは……今回は、いきなり救命胴衣で飛び込むような人が出ないことを祈るしかありませんね」
 龍汰は顔を顰めたが、しかしそう言うしかない。
 運命予報士が示し、自分たちも計画した通り、即座に戦闘を終わらせられれば、そんなことになる可能性は下がる。だが、失敗したら……一般人に被害を出しかねない、リスクの大きな作戦だということだ。
「大事にならなければいいですが……」
「これから作戦を変えるのも難しいですから、次回の反省にしましょう。逃げ場のない海の上は難しいですね」
「そうですわね」
 三人が息をついたところに、船尾まで行っていた望月が戻ってきた。三人の隣に座って、シャツの中に隠していたオレンジ色の筒を出す。
「見つけたよ!」
 出したのは発煙筒。海難グッズの一つで、発煙信号である。きっとどこかにあると思って探したのだと望月は言う。
 だが、渡された筒の一ヶ所を龍汰は示した。
「これ、煙がオレンジ色です」
「え!」
 信号用で遠くからでも目立つように、煙に色がついているタイプなのだ。
「どうしよ……」
 困った顔で筒を見ている望月に、天華は慰めるように言った。
「竜耶さんが用意してきてくださっているはずですから、大丈夫ですわ」
 望月はまだしょんぼりしながらも、立ち上がった。
「じゃあ俺、皆のところに戻ってる」
「私も……」
「では、わたくしも。後はお願いいたしますね、龍汰さん」
「わかりました」
 火災報知器を鳴らす役目を請け負った龍汰を残し、三人は中央通路の仲間の元に戻っていった。
 船が動き始めたのは、その直後だった。

●横浜港を前に
 進行方向右手に横浜港を眺めながら、船は進んでいた。
「横浜の海もさ、昔は綺麗だったって。漁師やってる人が結構いたらしいし、台風の後はハマグリとか赤貝とかの貝が、たくさん打ち上げられたってばっちゃんが言ってた」
 注意深く海を眺めながらも、普通の観光客のように会話していた。望月は、でも今じゃクラゲしかいないと、海面を覗く。
「悪いのは、きっとわたくしたち人間の方ですのにね……」
 天華も海風に髪をなびかせながら、呟く。
「これは人災でしかない。だが、関係のない人々を巻き込むわけにもいかん」
 静かに座っていた聖も、これには思うところがあったのか答えてきた。ギルガメッシュも、軽いながらも同意する。
「まぁ、やっこさんの気持ちもわからんでもないけどねぇ。でも、迷惑だからねぇ」
 同情できる出自だからと言って、見逃すわけにはいかないのだ。
 竜耶もうなずく。
「その通りだな。哀れな奴だが、滅びを以て安息を与えてやる以外のすべはない」
 一瞬で楽にしてやるのが、せめてもの救いだろう。
「苦しいんでしょうね……」
 もうイグニッションを済ませ、闇を纏っている麗華は剣を抱えて目を伏せた。
 いかに同情しようとも、倒す以外に手立てはない。幸いなことは、哀れみを胸に抱きながらも、それを理解していない者はこの場にはいなかったことだろうか。
 そのとき、海面を注視し続けていた蒼空が振り返った。
「……来た!」
 それと同時に船が揺れる。
 蒼空は急いで携帯電話を開いた。距離は離れていないが、間には間仕切りの壁がある。火災報知器のところで待機している龍汰に連絡をするのに、走っていくよりは速い。
「ちゃっちゃと終わらせるよ!」
 蒼空に耳打ちするようにかすめていきながら、ギルガメッシュが中央の席にいた一般客に叫んだ。
「危ないから下がって!」
 客がざわめく。
「火事ですわ、危険ですので向こうに」
 天華も腰を浮かせた一般乗客を間仕切りの向こうへ押し出そうとする。恥ずかしいなどとは言っていられない。速くしなくてはならないのだ。
 その隙に竜耶は隠し持っていた乗用車用の発炎筒を着火すると、椅子の下に投げ込む。
「煙が!」
 それと同時に、火災報知器の非常ベルが鳴った。
「火事だ!」
 皆で間仕切りの向こうに客を追いやる中、すれ違うように龍汰が戻ってくる。
「急ぐぞ、スタッフが来る前に」
 既にイグニッションした聖が急かす。船の揺れはだいぶ大きくなっていた。

 乗船口の反対側、真ん中よりもやや右よりのところに妖魚は飛び跳ねるように体当たりをしていた。
 都合よくど真ん中には、きてくれなかったようだ。前衛の三人はそれに近づくように海際の椅子に乗り、身を乗り出す。落ちないように気をつけなくてはならない。
 後衛の五人は通路のところに立って、狙いをつけた。
「次に跳んだ時だ」
 竜耶が言う。
「合図で一斉に攻撃するわよ……今!」
 ギルガメッシュが海面に角が見えた瞬間に低く叫んだ。それを合図に、それぞれの手から攻撃が放たれた。
「二の太刀はない。これで終わらせてやるっ!」
 ギルガメッシュと竜耶はロケットスマッシュを。
「今楽にしてあげる……」
 麗華と聖はフレイムキャノンを。
「ごめんなさい……消えて下さい……っ!」
 天華は白燐拡散弾を。
「Flame bullet!」
 望月は炎の魔弾を。
「戦闘開始だぜ!」
 そして龍汰と蒼空は水刃手裏剣を。
 ほとんど同時に、それらは続けざまに妖魚に叩き込まれた。
 運命予報士の予報通りならば――これで終わる。
 体液を撒き散らしたか……と思った瞬間に。妖魚は飛び跳ねた位置で、消え失せた。
「終わり、ね」

●山下公園着
 やはり案の定というか、後は少し大変だった。発炎筒は竜耶が残骸を懐に隠して闇纏いで隠れてしまったので証拠は隠滅され、仲間のほとんどは客に紛れて逃げたのだが……火災報知器を鳴らした龍汰と、龍汰を庇おうとした天華はバレて捕まってしまった。
 けれど、悪戯ということで下船までのわずかの間、スタッフに叱られるだけで済んだようだ。
「次にこういうケースが出たなら、もう少し上手くやれるといいですね……叱られる覚悟はできてましたが」
 龍汰は下船でようやくお小言から解放されて、そう呟いた。

 下船した後、八人は学園に帰る駅に向かう途中にぶらぶらと中華街を通った。
「俺んち、この近くだから案内してやるよ! シュウマイ? それとも小籠包? それともでか豚まん?」
 望月が先頭を行く。
「豚まん……」
 麗華のリクエストに、じゃ、あそこだと望月は指さした。
「……美味しい……」
「やっぱり旨いぜ!」
 麗華も蒼空もタピオカ入りのミルクティーを片手に、大きな豚まんを齧って笑顔を見せる。
「志穂への土産は何がいいか」
 志穂のお願いを忘れていなかった竜耶がショーケースを覗き込んでいると、後ろから朗らかに天華が答えた。
「月餅と茉莉花茶なんて、どうでしょう?」
 いや、と蒼空もそこに加わる。
「この豚まん美味いから、持ってってやろうぜ!」
 その間、聖は雑貨屋の前でうろうろしている。土産物の扇を見ていたようだ。
「ねぇねぇ、私、もっと落ち着ける店がいいわぁ」
 豚まん組が食べ終わる頃、ギルガメッシュは麻婆豆腐やら、もっとちゃんと食べられる店がいいと望月に案内をねだった。
「ゆっくりするんだったら、関帝廟の近くに良いお茶屋さんがあるぜ? ……そこ行く?」
 望月の答えに、ギルガメッシュは行く、と即答した。
「俺も行く! もっと点心食いたいぜ!」
 志穂にそこで桃まんも買ってってやろうと、蒼空は言って。麗華も、お土産を買いたいと歩き出す。

 ……そんなこんなで銀誓館に帰るまでには、まだ時間がかかりそうな一行であった。