陽菜希・依空 & 塩森・暁徒

●クリスマスパーティにて

 愛用の眼鏡を外し、その黒髪を下ろしていた。
 どちらかというとラフな着こなしのスーツ姿。
 ふと、暁徒は振り返り、後ろにいる依空を見た。
 眼鏡を掛けて、白いマフラーをつけていた。
 二人は顔を見合わせ、微笑む。
 その手に、相手に渡すプレゼントを持って。

 待ち合わせをして、この場に来たのは何時の事だろう。
 ほんの数時間前だというのに、思っていたよりも、時間は過ぎている。
 パーティーを抜け出し、暁徒と依空はそっと、薔薇のアーチにやってきていた。
 幸いな事に、辺りには誰もいないようである。
「すまない」
「えっ?」
 突然の暁徒の謝罪に依空は驚いていた。いや、それは謝罪ではなかった。
「君があまりに素晴らしいものだから、こんな花束一つしか贈れない」
 暁徒はそういって、自分の持ってきた薔薇の花束をそっと、依空に握らせた。
「暁徒……」
 戯曲めいた暁徒のセリフはなおも続く。
「嗚呼、グスタフ・アッシェンバッハもこんな気分だったのか……あまり語るのも良くない癖だ」
 ちなみに暁徒の言うグスタフとは、ある小説に出てくる老作家のこと。
 暁徒は熱い視線で依空の瞳を見つめた。
「ただ、後少し、こう言わせてくれ。『時よ、止まれ』……この最も愛しい瞬間の為に」
 そんな言葉を依空は静かに聴いていた。少し恥ずかしいのか、僅かに頬を染めて。
「そして、かの老作家の言葉を借りて……『君を愛している』と」
 依空の手を握り、そっと唇を重ねた。
 そう、花束と口付け。それが暁徒からのクリスマスプレゼントであった。
「あ……ありがとう、暁徒」
 唇から離れたのを見て、依空はそっと感謝を述べる。
「僕からも……プレゼントがあるんだよ」
 そういって、依空は小さな箱を取り出した。
「依空……ありがとう。開けてもいいか?」
 暁徒の言葉に依空はこくんと頷いた。
 開いた箱の中に入っていたもの。
 それは、真紅に染まるルビーがつけられた、プレートペンダントであった。
 依空はペンダントを取り出すと、そっと暁徒の首へと掛ける。
「……今日を共に過ごせる事への感謝と、祝いに」

 ふわりと薔薇が揺れる。
 二人の秘密の時間はまだ始まったばかり。
 薔薇のアーチの下で、二人だけに与えられた秘密の時間を過ごすのであった。




イラストレーター名:山岡鰆