植松・弾 & 楠木・香

●つかず はなれず ふみこめず

 12月24日、クリスマスイヴの夜。
 弾はパーティ会場を抜け出して、クラブ棟の裏へ向かっていた。
(「話がある……って、一体なんの用だ……?」)
 改まって呼び出された理由を考えながら、弾は無意識のうちに足を早める。
 じきに、辿り着いたその場所には、もう既に香が待っていた。
「き、来てくれたのか」
 壁を背にして寄りかかりながら、どこかそわそわした様子で、そう弾を見る香。
 その頬が、心なしか赤いように見えるのは、弾の気のせいだろうか……?
(「う……」)
 暗闇の中で浮かび上がる香の姿。
 人気の無い、クラブ棟の裏で2人きり。
 その状況と雰囲気に何だか呑まれて、弾まで何だか赤面してしまうのを感じる。
 ……それが、このシチュエーションだけが原因ではない事も、分かっている。
 彼女に抱いている少なからぬ好意が、今の自分に影響している事くらい、自覚しているのだから。

「「あのっ……!」」
 意を決して口を開いた瞬間、弾と香の声が重なった。
 そこまで同じタイミングじゃなくてもいいのに……なんて思いながら、また互いに気恥ずかしさから赤くなり、視線を合わせる事すら出来なくなって、顔が俯き気味になる。
(「……どうしよう」)
 香は黙り込みながら考える。
 言おうと、思っていた事がある。あるから、こうして呼び出したのに……でも、それをなかなか切り出せない。

「さ……寒いな、今日!」
「あ、ああ」
 次に、一足先に言葉を切り出したのは弾の方だった。
 頷き返す香の隣に、ぎこちなく並びながらも、そっぽ向いて「こ、こうすると暖かいだろ、なっ!」と続ける弾の言葉に、香もつい彼のことを正視できず、視線を逸らしながら小さく頷く。
 相手の姿を見る事なく交わす会話は、互いの間に、とてつもなく遠い距離があるようにすら錯覚させる。
 けれど……触れそうなくらい近くにある、すぐそこに感じられる温もりは、確かに、相手がすぐ側にいるという事を、教えてくれていた。

 寄り添うほど近くはないが、でも、離れていると言うほど遠くもない。
 そんな、この微妙な距離感が、今はとても心地良いから……。
(「……今は、まだ……」)
 もしも、告げて壊れてしまうくらいなら、今のままで……。
 そう沈黙したまま、2人は夜の闇の中、体を寄り添わせ続ける。

 彼らは、まだ知らない。
 相手の胸にある想いを。今はまだ、このままでいいと思う気持ちすら、通じ合っているという事を。
 そんな2人の上に、時はただ、静かに流れていった……。




イラストレーター名:新井キリト