●一番のケーキ
調理室では、一面、甘い香りに包まれていた。
「おっきなケーキ、頑張ろうね!」
伊那穂は隣にいた友人にそう声をかけ、ケーキ作りをスタートさせた。
「あ、いな……」
彼女の後ろで声を掛けようとしている者が一人。
「あ、そこはあたしがやるよっ! こういうの好きなんだよね♪」
友人と楽しく会話をしながら、ケーキ作りをしている伊那穂。
その後ろにいた和樹は、結局話しかけられずにいた。
「………」
話しかけるチャンスを見失った和樹は、そのままケーキ作りに没頭する。
それはもう、躍起になって。
「「かんせーいっ!!」」
教室中に歓声が響き渡る。
そう、巨大ケーキが完成したのだ。
とっても大きく、見た目美味しそうなブッシュ・ド・ノエル。
それを満足げに眺める和樹。
けれど、その顔がどこか寂しげで……。
「はい、一番に食べてねっ!!」
「えっ?」
にっこり微笑む伊那穂から、切り分けられた出来立てのケーキを渡された。
「作っている間、構ってあげられなくて、ゴメンね」
どうやら、この瞬間のために、敢えてケーキ作成中はあまり反応をせず、和樹をやきもきさせていたらしい……。
「あ、ああ……ありがとうな、伊那穂」
和樹は勤めて冷静に対応したつもりだが、僅かに照れているのが伺える。
「さ、早く早く」
「おいおい、そんなに急かすなよ」
和樹は手にしたフォークで一口大の大きさに切る。そして、それを口にした。
「ねえ、美味しい?」
「……………」
微妙な表情を浮かべながら、終始無言。
(「……まあ、味に関してはあえて言うまい」)
味はちょっと……だったが、和樹にとっても伊那穂にとっても、忘れられないものになっただろう。
願わくば、来年もこんな風に二人で………。
| |