●帰れる場所、帰りたい場所
「………」
そこは、とても静かだった。
木箱に腰かけ、もう屋根としての役目を果たしていない天井越しに、夜の空を見上げる。
今、ここにはもう、誰も住んでいない。
すっかり廃屋と化した家が1つ、あるだけ。
……それでも、ときどき、戻って来てしまうのは何故なのだろう。
こうして、昔の事を思い返してしまうのは、何故なのだろう……。
「……雪、か」
気が付けば、辺りには雪が舞っていて。ようやく、自分の体が冷えてしまっている事に思い至る。
「……ひむか?」
それでも、そのまま小屋の外を眺め続けようとしたナラカの目に、慌てた様子で駆け寄って来る、ひむかの姿が映った。
「そんなに慌てて、どうし……」
「ナラカ! 探したんだよ! もうっ、もうっ、やっと見つけた……!」
問いかけようとした声を、ひむかの言葉が遮る。
「……別に、どこも行きゃあしねえって言ったじゃねぇか。少しは信用しろって……」
だが、彼女の気持ちも解る。あんな大きな家に1人きりでは、寂しく思うのも仕方ないだろう。
「……お前を1人にしないからさ」
今もまだ不安に染まっているひむかの顔を見上げた、ナラカの腕が引っ張られる。
そんなに引っ張るなよ、と思わず口しようとしたのを、飲み込む。
腕を掴むひむかの指先が、震えているのが解ったから。
「……帰ろうぜ」
そうナラカが立ち上がろうとした時、彼の首にするりと、赤いマフラーが回された。
「ん? 何だ?」
「だってナラカ、寒そうな格好……」
ジャケットすら着ていない上、ズボンに至ってはハーフパンツ。そんな彼の姿を見ていたら、自分まで寒くなりそうだとばかりに、ひむかはマフラーを巻いていく。
「別に、いつもと一緒だってのに……まあ、サンキュ。あったかいぜ」
「あ、ナラカ、雪も落とさないと」
立ち上がるナラカに積もった雪を、ひむかは叩き落とそうとする。これくらい大丈夫だと止めようとするナラカだが、ひむかが少し頬を膨らませれば、「あーわかったわかった、寒いって」と苦笑して。
「まあ、お前がひっついてくれれば……あったかいぜ」
「え……」
「ほら、子供は体温高いっていうしな」
「そ、それどういう意味!?」
もうっ、と頬を膨らませるひむかに「別にいいだろ、その分こうして引っ付いてられるんだから」と、ナムカは手を伸ばす。
手と手を繋いで、そうしたら。
「オレらの家に、帰ろうか」
「……うん!」
2人は、ゆっくり歩き出す。
誰もいなくなった廃屋を残し、我が家に向かって。
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