逆上・夜刀 & ヒューイット・カルファー

●…ごめん。…でも、もう少しだけ…

「ヒューちゃん、ちょっと良いですか?」
 夜刀に声を掛けられ、ヒューイットは振り向く。
「なあに、店長さん?」
 戸惑いながら、言葉を選ぶように夜刀は口を開く。
「その……一緒に屋上に来てもらえませんか?」
 夜刀の言葉に。
「イイですよ」
 にこっとヒューイットは答えた。

 夜刀がヒューイットを屋上に呼ぶには理由があった。
 寂しい場所にいたかった。
 そして、そこへは一人では行けなかった。
 何故なら、夜刀が思いを寄せていた相手に恋人ができたらしいのだ。
 らしいというのは、まだ確証が得られていないから。
 でも、そのうち分かってしまう。

 もう、自分の思いを伝えられないのだと。

「ふわぁ〜、オクジョウって気持ちいいですね」
 とてとてとヒューイットは、屋上からの眺めを嬉しそうに楽しんでいた。
「ねえ、店長さ……」
 ぎゅっと夜刀に抱き寄せられた。
 暖かい温もりが腕越しに伝わる。
「店長さん?」
「ごめん」
 ヒューイットが振り向く事ができるのなら、きっと夜刀の哀しげな表情が見られたことだろう。
 涙を流す事なく、俯いたままのその顔を。
「……でも、もう少しだけ」
 その答えに返答はなかった。
 代わりにヒューイットは、夜刀の腕にそっと手を添えた。
 まるで、励ますかのように優しく……。

 数時間したのち、落ち着きを取り戻した夜刀はゆっくりとヒューイットから離れた。
「ごめんね、ヒューちゃん。……こんなことにつき合わせちゃって」
 ふるふるとヒューイットは首を横に振った。
「店長さん、ダイジョウブ」
 にこっと微笑んで、夜刀の手を繋ぐ。
「ねえ、店長さん。今日はなんのひだか、しってる?」
「えっと……」
 逆に訊ねられ、きょとんとしてしまう夜刀。
「クリスマスイブだよ」
 もう一度、ヒューイットが微笑んだ。
「ねえ、これからパーティーにいこ、店長さん」
「で、でも……」
「いいからいいから」
 強引だけれど、その手に引っ張られるかのように夜刀はほんの少しだけ、パーティーに参加した。

 クリスマスイブのささやかな想い出。
 夜刀はヒューイットのお陰で、翌日変わらぬ笑顔を見せたのは、言うまでも無い。




イラストレーター名:山葵醤油 葱