媛苑・基青 & 媛苑・天藍

●来年は

「……天藍」
 街灯の下、帰宅途中だった基青は、不意に視線を上げると、視線の先で佇む1つの影に、その名を呟いた。
 全身を黒に包み、自らの黒髪を揺らすその姿は、家にいるはずの弟以外の何でもなかった。
「お前、どうして?」
「途中まで迎えに、ね」
 その横まで歩みを進め、2人は並んで帰路につく。
「ならいっそ、お前も来れば良かったのに」
 今日、基青が向かったのは、別居している妹の家で行われたクリスマスパーティ。
 妹といっても、彼女とはずっと離れて暮らしていたから、彼女が銀誓館学園に入学するまでは、兄弟らしい付き合いなど無かったのだけれど。
「……俺がいると、萎縮するだろ」
 だからこそ、そう自嘲するように呟く天藍。
 基青の方は彼女と出会って、すぐ親しくなったが自分は違う。
 今も、ぎこちなさが誰の目からでも明らかな関係。ならば、自分はいない方が……。
「そんな事ない。きっと喜んださ。お前の方が一歩引いてるだけだろ?」
 天藍の表情からそれを察したのか、基青は大きく首を振りながら諭す。それを、天藍は、ただ黙って聞いていた。

 そう歩く2人の足は、やがて民家のイルミネーションの脇を通る。
 ……ああ、今日はクリスマスなのだ。
 そう、しみじみと感じさせる手作りのイルミネーションに、思わず口元に笑みが浮かんで。
「それにしても……兄弟でクリスマスって、色気ないな」
 天藍がそう苦笑すれば、基青もくすくすと笑って。
「来年は頑張れよ、天藍」
「そういう基青こそ」
 そう励ますように告げた基青に、お互い様だとばかりに天藍が言葉を返せば、「いやいや」と基青は、どこか仰々しくポーズを取って「兄貴は、弟の出方を見守るもんだ」なんて格好つける。
「なに言ってるんだか……おや?」
 やれやれと息をつけば、視界の端にチラつく白い物。
 ひとつ、ふたつ、みっつ……空から、次々と舞い降りて来る。
「雪だ……!」
 その正体に気付くと、瞳を無邪気に輝かせて、基青は雪へ手を伸ばす。体温にすぐ溶けていく雪を感じながら、「ほらほら!」と振り返ってみせる基青に、天藍は「どっちが弟だよ」と苦笑いするしかない。

「……なあ」
 はしゃぎながら歩く基青を追いかける天藍に、やがて掛かる声。
 基青は不意に足を止めると、ぽつりと呟いた。
「来年は、お前も来いよ」
 反応を伺うように振り返る基青から、そっぽ向くように視線を逸らしながらも……天藍は、その言葉に、小さく頷いて。
「……よし。じゃあ、帰ろう」
 基青は満足げに笑うと、再び歩き出した。




イラストレーター名:夜神紗衣