●ふろいらいんのおねーさんはどこだろう?
「?」
朝、目覚めたとものは、不思議そうに首を傾げた。
昨日の夜、布団が足りなかったから、一緒に眠ったはずなのに……。
起きてみたら、その姿がない。
「……ふろいらいんのおねーさんは何処だろう?」
(「この私が顔色を変えるなんて、許されるわけがありません……!」)
時を遡ること少し。
ヴァナディースは、そっと寝床を抜け出した。
(「というか、リードしないといけない私が、たかだか唇を奪っただけで動揺するなんて!」)
そんな事、決して許されないとヴァナディースは怒る。
……それは、誰に対しての怒りなのだろう。
「だいたい、とものがいけないのです」
ひんやりした廊下を踏みながら、誰にも決して届かない小さな呟きをこぼす。
――あなたが、私が思わず唇を奪いたくなるような、とても可愛い寝顔を見せるから。
それが、いけないのだ。
(「だから、あなたに私の顔を見せてあげません」)
拗ねたような顔で。ヴァナディースは、そう廊下を突き進む……足を、ぴたりと止める。
振り返る。
今、とものが眠っている部屋を。
「でも、いきなり消えたら……あなたが、心配したらいけないから……」
仕方が無いからだと、ヴァナディースは自分に言い聞かせる。
「……いない……」
寝巻きの上に、ちゃんちゃんこを着こんで、とものは縁側に出た。
でも、やっぱりヴァナディースの姿は見えない。
「?」
どこへ行ったのだろう。
きょろきょろしていると、やがて、縁側を歩く軽やかな足音に気付いた。
「三毛猫さん……野良かな? でも、毛艶いいよね……ね、どこから来たの?」
近付いて来た猫を、とものは両手で抱えると、そのまま縁側に腰を下ろして、膝の上に乗せた。
朝は、とっても寒いから。
抱っこしていると、あったかいんだもん。
「あれ。君は、ふろいらいんのおねーさんと、同じ目の色だねー」
猫の喉を撫でながら、こんな偶然もあるんだなぁと笑うと、それにしても、本当に、ヴァナディースはどこへ行ったんだろうと、とものは再び首を傾げた。
(「あなたが心配したらいけないから。だから……仕方が無いから、なのよ」)
ヴァナディースはそう、ゴロゴロ喉を鳴らした。
仕方がないから、猫変身していてあげます。
仕方がないから、膝の上に乗ってあげます。
仕方がないから、喉を撫でさせてあげます。
(「べ、別に気持ちいいからじゃないのよ。本当に本当に、仕方なく一緒にいてあげるのよ……!」)
彼女が猫に変身できる事を知らない、とものの膝の上で、ヴァナディースはどことなく心地良さそうに、またゴロゴロと喉を鳴らすのだった。
――そんな、クリスマスの朝の出来事。
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