鈴鹿・小春

<生と死の境界線 侵攻開始!>


 鬱蒼と木々の生い茂るカンボジアのジャングルへと、銀誓館学園の能力者達は再び足を踏み入れていた。
 能力者達がこの地に訪れるのは、昨年の秋以来だ。
 巡礼士らが行ったジハードを救援するため、能力者達はこの地でルールーの繰り出した大量のリビングデッドと戦ったのだ。

 その中で明らかとなったのがルールー達を統べる異形、「生と死を分かつもの」の存在だった。
 巨大な闇の領域を作り出した「生と死を分かつもの」は、その内部からルールーを出撃させていたのである。
 その後、能力者達によって日本への出現を阻止され続けた異形「生と死を分かつもの」は、オロチを利用したディアボロスランサーの破壊を阻止されたことで異空間に撤退、ルールーを利用した抗体ゴーストの戦力回復に務めんとする。

 生命の根源、ディアボロスランサーの破壊による生命根絶こそが、異形達の目的。
 そして、銀誓館学園のプール地下に移送されたディアボロスランサーの元であっても、『転移門』たるルルモードがいれば敵は全ての守りを無視して戦力を送り込むことが出来てしまう。
 生命根絶を阻止するためにも、異形勢力の活動は、止めねばならない。
 異形達と戦うべくカンボジアのジャングルに集った三つの組織は、それぞれに異なる思惑を持つ。だが、生命を根絶しようとする異形を敵とし、倒さねばならない敵と見ている点においては一致を見ていた。
 銀誓館学園、悪路王軍、そして妖狐。
 まさしく呉越同舟というべき軍勢の中にあって、ひときわ異彩を放つのは、ゴーストである悪路王でも、妖狐の女王たる金毛九尾でもなく、黒々とした闇にその身を覆われた一人の男だった。
「あなたにも、今回は銀誓館学園の指示で動いて貰いますよ」
「常勝不敗の軍を率いる将の策、乗ってみるのも一興であろう」
 妖狐の陣の中、妖狐の女王たる金毛九尾に対し傲然と言い放つ原初の吸血鬼『伯爵』。
 現状、唯一確実に異形を滅ぼせる存在として、この場に呼ばれた彼は、いわゆる吸血鬼の伝承の中から、幾つかの弱点を実際に有している。その弱点の一つである日光を克服するための闇は、この場においても解かれてはいなかった。

 生と死を分かつ境界を守護する存在とされる「生と死を分かつもの」。
 その撃破が、何をもたらすのかは判然としていない。
 神の島から持ち出された『知識を秘蔵せし書庫』によれば、「生と死を分かつもの」を倒すことで宇宙に生命が広がるとも言われている。
 この抽象的な言葉から、実際に何が発生するのかは、現時点では判明していなかった。
 もっとも、『書庫』の情報で生命にとって悪い影響はないとされている以上、これ以上気に病んでも無意味ではあったが。

「では、連絡は適宜送って下さい」
 事前に方針を仰ぎに来ていた妖狐が、金毛九尾達の元へと去って行く。
 今回の戦いで出現する可能性が予測される偽者との区別をつけるため、その腕には布が巻かれていた。
 鈴鹿・小春(黒の咎狩人・b62229)は破軍が歩む先にいる、金毛九尾のことを考える。
「……それにしても、あれ、本人なのかな?」
 神の島に現れた金毛九尾は金毛九尾の『尾』のゴーストの一体であったことが分かっている。
 妖狐軍は抗体化を警戒して尾を連れて来ていないということなので、おそらく今回こそ、本人が来ているのだろうが……。
「区別できるほど、親しくないからなぁ……」
 妖狐のトップに相応しく、どうにもつかみにくい人物であるのは確かだった。
「来ました! 鬼の手が……!!」
 悪路王軍による『鬼の手』への詠唱銀投入儀式を見守っていた能力者達の声があがる。
 通常とはケタの違う量を投入された鬼の手が宙に円を描くように伸びたかと思うと、能力者達が注目する中、不意に『空間に潜り込んだ』のだ。
 瞬間、鬼の手はその幅を広げ、能力者達の進軍路へと変化していた。
 その手が伸びる先は、闇で覆われた空間だ。
「よし……生命賛歌発動! 進軍開始!!」
 鬼の手が黒い空間へと開いた瞬間、小春の声と共に、能力者達は後方で生命賛歌を発動させる。鬼の手へと飛び乗り、走り出した能力者達は一瞬で闇の入り口を突き抜ける。
 そして、彼らは一様に、戸惑いの言葉を発した。
「なんだ、ここ……」
 静寂に満ちた黄昏の街。
 だが異形の作り出した空間は、夕暮れの色に染まりながら、侵入者の気配に反応し、動く者達の姿を生み出し始めていた……。