<ラストバトル 侵攻開始!>
7月22日。地球上にいる誰もが、その光景を目撃した。
天空を染め上げながら、青緑色の光が地球に降り立っていく。
まるで光で出来た足であるかのように、大気圏外から地球を踏みつけんとするのは、巨大なる二条の光の流れだった。
「二つの三日月」。
異形の存在の源、本来の「死」に満ちた宇宙そのものの根源。
地球を覆う、常識外の存在を縛る《世界結界》とて、この史上最悪の災厄には対処し切れない。
薄皮のように引きちぎられる《世界結界》の周囲で、拒絶反応として出現した「シルバーレイン」達が抵抗せんとする。
だが、シルバーレイン達が反撃する暇もなく、膨大な光は二筋の流れとなって地球へ、日本列島へと突き立たんとする。
その光の流れは、遠く中国大陸からも見えていた。
日本で秘密裡に回収したメガリス『鉄鎖レージング』が捧げられた屋外の祭壇を前に妖狐の女王たる金毛九尾が、メガリス破壊効果を発動するべく口決を告げる。
「五行禁術の名に於いて、遍く者に『大気圏外より伸ばした脚が大地に触れることを禁ず』!」
鉄鎖レージングが砕け散る。
禁止を意味する言霊が見えざる網となって空を覆い尽くした。
その網に絡め取られるかのように、光の『足』は動きを止めていく。
「これでようやく、戦いの舞台に登れるというもの。あとは……」
『銀誓館学園と、我らの力次第だ。往くぞ、我が兵達よ!』
地響きを上げながら、オロチ鈴鹿の背に乗った悪路王の軍勢が、中国大陸の方へと降りて来る光の下へと迅速に移動していく。
七星将の指揮に従い、無数のゴーストを駆り立てた妖狐の軍勢がそれに肩を並べる。
●生命の武器を模倣せしもの
妖狐のメガリス破壊効果、「五行禁術」。
その力によって、光の『足』は日本列島に突き立つ直前で、その動きを止められた。
ならばと、中国大陸に向けて振り下ろされる、もう一筋の光もまた、地表へと振り下ろされる直前で、五行禁術によって食い止められる。
大規模な通信障害が世界中の通信を封鎖する中、日本の各地に天を衝く8つの塔が出現していた。
札幌、笠間、熱海、御所、広島、今治、佐世保、那覇。
二つの三日月から切り離された光の一部は、マヨイガによる空間の歪みを増幅、「光の塔」として突き立つと、地球の「記憶」を吸い上げる。
求めるのは『死』の記憶。
ディアボロスランサーを守る生命、人類を滅ぼすための最良の手段を、そこに求めたのだ。
生命が生まれる以上、不可避である膨大な死の記憶。
その記憶と力が詰まった残留思念を吸い上げながら、糸のようだった光は次第にその先端の太さを増し、そして新たなかたちを作り上げていく。
剣や銃といった、武器そのもの。
戦争を象徴する幾つもの兵器。
事故を引き起こす象徴としての車。
さらには病魔や人間同士の間の悪意。
多様な存在が、碧の光によって構築されていった。
それらの存在、全てにとっての目的は共通している。
『生命』に『死』を与えること。世界を、本来あるべき永遠の静謐へと戻すこと。
ただそれだけを存在理由として、死の具象としてのかたちをとった光の群れは、「光の塔」を目印として地表へと至る。
まるで光の雨のように。
人々の生命を絶つべく、生命の武器を模倣した光の群れは降り注ぎ、死を撒き散らす。
撒き散らされる死は世界結界を弱めると同時に残留思念を生む。
死の記憶と残留思念は二つの三日月に吸収され、また新たな力となっていくのだ。
生まれ出ずる『死』の循環。
砕かれ、破壊されていく街を目の当たりにし、空を覆う美しき光がまぎれもない敵であることを、一般人でさえも容易に理解する。
だが奪われようとする命を守るため、それに立ち向かう者達がいた。
「「「イグニッション!!」」」
叫びの声が天を衝く。
イグニッションカードに封じていた己の能力を解放し、降り注ぐ「死」の具現を前にして、銀誓館学園の若者達は敢然と立ち向かっていく。
「ポジションに所属しておけとだけ言われた時はどうしようかと思いましたが……」
長崎県佐世保市、メディックの水田・えり子(スターライトティアラ・b02066)は苦笑する。
各地に敵が出現するにしても、生命賛歌を発動して効果を受けた後に飛べば良いことはアリストライアングルの経験から分かっていた。
だが、事実として二つの三日月の出現と共にマヨイガの機能は大幅に狂い、マヨイガ結社を通じた転移すらもまともに成立しなくなっている。
おそらくは敵が、マヨイガの存在に伴う空間の歪みに割り込んで来ているのが大きな原因なのだろう。
まともにマヨイガを用いた移動が出来なくなる中、ここで『生命賛歌』と深く結びついたポジション結社を、無理やりマヨイガ結社扱いにすることによって、『生命賛歌』を発動させた後の片道だけの移動は成立した。
それすらも強く結びついたポジション所属者のみ、各ポジションが偶然に運命の糸と結びついた土地との間の一方通行という綱渡りであった。事前には運命予報ですらも『ポジションに入ることが必要』としか分かっていなかったが、
「これが理由のようですね。とにかく、戦いに間に合えば、今はそれで充分です」
えり子は星の意匠がついたマイクを手に取ると、光で出来た敵を見た。
現われている敵の姿は、糸にぶら下がる蜘蛛をわずかに連想させる。
だが、実際には自在に宙を動き、こちらの命を奪わんとして来る剣呑な存在だ。
しかし、これらの敵を退け、各土地に立つ『光の塔』を制圧、破壊し、「二つの三日月」の元へと地球上の記憶を『吸い上げる』機能を利用することによって、上空を覆う二つの三日月の元へと至る道を拓くことができる。
日本各地、そして中国大陸で生まれ出る惨劇は、本来的に行う必要すら無いものだった。
「五行禁術」が切れるまで耐え凌げば、地球は崩壊し地球上の生命はことごとく滅び、二つの三日月は無防備なディアボロスランサーを破壊できる。
それでも生命を奪わずにいられないのは、「二つの三日月」の本能的なものに他ならなかった。
知能とか、そういったものとは無縁のところにある存在だ。
その本能を利用するのが「二つの三日月」という超絶の存在に対抗するための、唯一の手段だ。
マイクを手に、えり子は離れて戦う仲間達へと届けと、声を上げる。
「さあ、ラストバトルを始めましょう!!」
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