<リプレイ>
●ドリームダイブ
能力者達の招待に応え、銀誓館学園を訪れた人狼騎士・エルザ・マイスタージンガー。
彼女の夢の中から奇妙な気配を感じた風祭・遊(中学生ナイトメア適合者・bn0161)は、能力者達に呼びかけ、彼女の夢の中に入る事を提案する。
遊の呼びかけに応じた能力者の人数は、実に1442人。
その中から選ばれた8人は今、遊と共に、ベッドで眠るエルザの側にいた。
「それじゃ……行くよ」
どこか緊張を感じさせる声で呟いた遊が、ドリームダイブを発動させる。
眠りにつく前のような奇妙な感覚が能力者達を襲い……次の瞬間、能力者達は森の中にいた。
「ここが、エルザさんの夢の中……」
草の匂いを感じながら、能力者達は周囲を見渡した。
エルザの見る夢は、強い緑の気配が漂う森の夢だった。
時折聞こえて来る遠吠えは、狼のものなのだろうか。夢を見る本人の意識を反映してか、どこか張り詰めたような空気で満ちる森の中を貫く一本道を、能力者達は慎重に進み始めた。
●憎悪の声
「探し物は得意ですが気配、それも夢の中と成ると話が違いますねぇ……お?」
怪訝そうな表情を浮かべた相合・蓮太(黄印・b10855)に、黒桐・さなえ(甘党で乙女な魔術使い・b20828)が問う。
「どうかしましたか?」
「……何か、聞こえませんでしたか?」
そう言われ、さなえは耳をそばだてた。
風に木々の葉が擦れる音と共に、何か言葉らしきものが聞こえて来る。
「こちらですね……」
その声に導かれるようにして能力者達は歩を進め始めた。
彼らが歩むその都度に、怨嗟の声は次第に強くなっていく。
『……憎め、争え。虐げ、殺せ。吸血鬼の最後の一人に至るまで、殺戮せしめよ……!』
「この声は……!?」
人間味というものを感じることの出来ない、純粋極まりない、悪一色に満ちた声。
背筋の震えを感じ、大河内・滝(なちゅらびっと・b12748)が、ぎゅっと拳を握り締める。
「何だ、これ……。この声が、人狼と吸血鬼を争わせてたっていうの!?」
鶴岡八幡宮で行われたエルザとの対話の中、常に凛とした態度を崩さずにいた彼女が言い淀んだ部分に、遊の感じたエルザの夢の中にある違和感との関連性を疑った者は多かった。
関連するのは、彼女達人狼の『主』に関する話、そして吸血鬼と戦う理由の2点だ。
エルザ達、人狼騎士の主とは、何者なのか。
そして、自らの誇りに従って戦うはずのエルザ達人狼騎士が、なぜ吸血鬼を『父祖からの代の敵』というだけで敵視するのか……。
「……この声の元にいけば、色々と分かりそうだね」
十六夜・昴(ロリコマンダーの巫女・b21033)が、小さく呟く。
やがて木々の隙間をくぐり……そこにあった光景に、能力者達は目を見張った。
●悪意の生命体
金属で出来た巨大なネジが、地面に突き刺さっている。
その有様だけでも、エルザの夢の中にあるものとしては明らかに異常だ。
加えて、それはただの金属の塊などではありえなかった。
ネジの頭頂部は巨大な複眼で覆われており、その隙間から無数の脚のようなものが伸びる。
まるで自己主張するかのように、全体に銘まれた紋様が時折奇妙に脈動する。そう、このネジは、夢の中にあって、確かな存在感を持って『生きて』いるのだ。
そして、その本体、地面に突き刺さった部分からは、先程まで聞こえていた怨嗟の言葉が延々と放たれ続けている。むき出しの憎悪を注ぎ込むように、言葉はエルザの夢の中に響き続ける。
それは悪意を固定する、楔の役割を果たしていたのだ。
「何なんだ……これは」
誰かの喉が、ごくり、と音を立てる。
いくら夢の中とはいえ、そのネジ……いや、ネジ状の蟲は、明らかに異質な存在だった。
「まさか、こんなのが……エルザさんだけじゃなくて、人狼全体の夢の中に!?」
土岐野・仁美(紅き刻の巫女・b23582)が愕然としながらも意志を疎通しようと声をかけんとする。だが、意志疎通をこころみんとした仁美の努力は、瞬時に無に帰した。
ネジ状の体が逆向きに回転したかと思うと下半身を構成する螺旋の一部がほどけ、それらは鞭のようにしなりながら、能力者達に襲い掛かったのだ。
●怨嗟を打ち砕け
突如として自分達に襲いかかった奇妙な生物。
だが、戦闘を予期していた能力者達は、それにも迅速に対応した。
「これが、人狼が吸血鬼を敵視する原因やな。……ある種の呪いみたいな物かねぇ? とにかく話が通じる相手じゃなさそうや!」
唯鋼・神鉄(月時計と秩序の鍛冶師・b02177)の刀が一閃、怨嗟の声と共に自分に迫る触手を切り飛ばす。
「行くよ、こんな奴の好きにさせてたまるか!」
昴が祖霊降臨を発動させて伊東・太一狼(月に焦れる影狼・b01112)を援護する。太一狼の影が長く伸び、敵の体を引き裂いた。反撃とばかり、奇妙な色の光線が複眼から放たれるのをかわし、あるいはリフレクトコアに受け止めさせながら、能力者達は優勢に戦いを進めていく。
「吸血鬼と人狼の戦いを望む第三者の仕業か。全くきな臭い話だね!」
稲宮・清春(是生滅法・b23328)が勢い良く振り下ろしたスパナが、蟲の頭部を打ち据える。
大きく蟲の体が揺らぐ、その隙を見逃さずに能力者達は距離を詰めた。
ダークハンド、ロケットスマッシュ、光の十字架……アビリティが一斉に叩き込まれ、次の瞬間、蟲の体は木端微塵に弾け飛ぶ。
その破壊は地面に突き刺さっていた部分にまで伝わり、鳴り響いていた怨嗟の声も消えていく。
「これでエルザさんは、あいつから解放されたんやろか?」
「うん、もう気配は感じないよ。……みんな、お疲れ様」
神鉄の声に遊が頷き、そして能力者達はエルザの夢から目覚めていった。
●憎悪からの解放
夢から帰還した能力者達は、自分達の見たものをエルザ本人に説明した。
その説明を聞くうち、彼女の表情は驚愕で彩られていく。
「まさか……我らの誇りが、何者かに汚されているというのか?」
「じゃあ、エルザさん。まだ、吸血鬼は倒すべき敵だと思うかい?」
太一狼の問いに、エルザは一度瞬きした。
「それは勿論、父祖の代からの……」
敵だからだ。そう続けられるはずだった言葉は、エルザの喉の奥に呑み込まれた。
しばしの沈黙の後、顔を上げた彼女の表情は、一見平静なようにも見えた。
だが、その場にいた能力者達は感じ取った。
触れたものを凍て付かせる凍気の如き怒りが、エルザの心の中で静かに滾っている。
「人狼は、常に自分で考えて判断する者だ。故に、父祖の因縁などで動くことはありえない。誰かに意志を強制される事こそ……我ら人狼が最も唾棄すべきことだ」
自分達人狼に辱めを与えていた『主』に対する怒りが、エルザの瞳を爛々と輝かせる。
その様、まさに人にして狼。
「なら、戦いを止めさせる事は出来るの?」
そう問うた滝に、エルザは鋭い眼光のまま、首を横に振った。
「今ならわかる。フェンリルの召喚こそ、我ら人狼の力を使い吸血鬼を滅ぼそうという悪意の為せる業だったのだ。呼び出されたフェンリルを制御する事は、人狼にも出来ない。フェンリルを止めない限り、戦いを止める事はできないだろう」
そしてエルザはベッドから起き上がると、窓の外を見つめた。
「何者かが、我らに吸血鬼を憎ませるよう仕向けたというのか。……許せぬ。我ら人狼の誇りを踏みにじった報い……必ずや受けさせてやる」
握りしめた拳が震える。
それは、正体すら見えぬ何者かに対する宣戦布告の言葉だった。
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