●優しき聖夜
きらきらとイルミネーションの輝く街角を眺めながら、雫翠は待ち合わせの場所へ向かっていた。
(「……此処で正しいかしら……?」)
いつになく人で溢れかえった街は、まるで普段とは違う異世界のようにも感じられて。雫翠は、道に迷っていないか不安になりながらも、辿り着いた場所で、彼が来るその時を待つ。
約束の時間まで、あと少し。
「まったく……。なんで迷子になると解っていて、待ち合わせが好きなんでしょうか。あの娘は」
やれやれと溜息をつきながら、灼は街を歩いていた。
約束の時刻を、もう5分ほど過ぎている。けれど、待ち合わせ場所に彼女はいなかった。
……約束に遅れている事よりも、迷子になっている事を疑うべきだろう。灼がそう思ったのは、彼女の方向音痴ぶりをよく知っているからだ。
どこにいるのやら。灼は彼女を探して、足早に街を歩く。
途中すれ違う人々は、皆、笑顔に溢れている。それをイルミネーションの輝きが包み、きらきらと街全体が華やいでいる。
(「人が少しだけ優しくなれる夜……ですか」)
いつか、聞いた事がある。クリスマスはそういう日なのだと。
嬉しい事があれば、誰かと一緒に分け合いたくなる……それが、大切な人ならば、尚更だ。
だからこそ、彼女を1人にさせる訳にはいかない。ほんの少しの時間であろうとも、彼女を孤独には、しておけない。
灼は脳裏に浮かべた彼女の姿を求めて、人の波の中を走り出した。
「……遅いなぁ」
冬の夜空の下、雫翠は冷たくなってきた指先に息を吹きかけた。
彼は、まだ来ない。流石に体が冷えてきたのを感じながら、雫翠の胸は期待と不安がせめぎあう。
やっぱり、場所を間違えているのだろうか。それとも……?
「探しましたよ、奏龍」
また少し不安が膨らもうとした時、背後から掛かったのは聞き慣れた声。振り返れば、そこには走ってきた灼の姿があった。
「え、さが……えっと、迷っちゃって」
彼の姿を見たらなんだかほっとして、顔がほころんでいくのが分かる。
でも、やっぱり自分が間違っていたのだと知って、雫翠が大慌てでごめんなさいと言えば、灼は大した事じゃないとばかりに首を振った。
「それよりも……さ、帰りましょう」
灼からすれば、すっかり冷え切って寒そうにしている雫翠の方が、よっぽど心配だった。マフラーを外して彼女にかけてあげながら、そっと気遣う。
そんな事したら、あらちゃんの方が寒くなっちゃうと慌てて断ろうとした雫翠だが、その言葉は飲み込んだ。だって、灼は待たせてしまった事を、心の底から申し訳なく思うような顔をしていたから。
それが、彼のやさしさ。
マフラーから伝わってくる温もりは、彼の優しさそのもの。
……だから、とっても嬉しくて。
「ありがとう、あらちゃん」
雫翠はそう笑顔を返して、灼と2人、イルミネーションに彩られた街を歩き出すのだった。
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