●新しい始まりの小夜曲
クリスマスの夜、紫郎は亜弥音と屋上を訪れていた。
さっきまでパーティが行われていたはずなのに、今はそれが嘘のように静まり返っている。パーティに使われた品々が、雑多に積み重ねられたまま放置されてはいるが、他に人の姿は見当たらない。
「……この辺りを片付ければ丁度いいか……」
呟いて、紫郎は一角に置かれていた荷物を片付け始めた。ゴミはゴミ袋に、道具は他の物とまとめて整理していく。そうやって、彼が荷物を整理する様子に、亜弥音は怪訝そうに首をかしげた。
「何をしているの?」
でも、紫郎はその問いには答えない。代わりに、笑みを浮かべながら恭しく一礼すると、すっと手を伸べた。
「1曲踊って頂けますか? 亜弥音先輩」
「紫郎さん……」
そのために片付けをしていたのだと気付いて、亜弥音は頷きながら彼の手を取った。
彼女とパーティの後も、またこうして過ごせることを紫郎は嬉しく思う。
告白から半年越しの返事を貰い、夢見心地のまま参加したクリスマスパーティ。終わった後も、すぐに離れてしまうのが何だか惜しくて……その時、不意に浮かんだのがこの場所。
一緒に星が見たいと、そう亜弥音を誘って訪れたこの場所で、2人はダンスを踊る。
「あっ。……悪い」
「大丈夫よ、気にしないで」
ダンスの最中に足を引っ掛けてしまって慌てる紫郎に、そう亜弥音は笑うと再び踊り始める。
紫郎のダンスは決して上手ではない。多少練習はしたものの、ダンスに関しては素人である。曲やステップだって、ろくに知らない有様だ。
一方の亜弥音は日本舞踊をたしなんでいる事もあり、ダンスの類には慣れ親しんでいる。
だがら、しばらく踊るうちに、気付けば亜弥音がダンスのリードを取るようになっていた。彼女のさりげない配慮で、少しずつスムーズに踊れるようになっていくけれど……。
「ご、ごめん先輩」
ふとした拍子に彼女の足を踏んでしまい、大慌てで謝る紫郎。その言葉に先程と同じように首を振ってから亜弥音は続ける。
「紫郎さん。今日から2人の時くらい『先輩』は止めにしない?」
「判ったよ、亜弥音先輩……あ」
「……もう」
人間、癖はなかなか抜けないもの。口を押さえる紫郎の様子に、亜弥音はくすくす笑う。
2人だけで過ごす舞踏会。
楽しい時間は、あっという間に過ぎて……。
その間、彼らを見守るのは、満天の星空と、いつしか紛れ込んでいた2匹の猫だけ。
「……猫?」
「誰かの変身だったりして」
「まさか……でも、星以外にも、少しくらい観客がいてもいいかな」
思わず顔を見合わせて、くすっと笑って。
後もう少しだけ、2人はダンスを踊り続けた。
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