月影・八雲 & 雛森・イスカ

●このケーキは…甘いのか…辛いのか…?

「どうかしましたか?」
 ふと気がつけば、両手でケーキの載る皿を持ったイスカは何処かきょとんとした表情で八雲を見ていた。先ほどまで視線をやや下に落としてため息をついていたイスカだったが、今の表情に直前までの影はあまり感じられない。
「いや、……ちょっとな」
 苦笑しつつ八雲はコーヒーカップを手に取る。視線の先にあるのはクリームとラズベリーソースに彩られた真っ赤なケーキだ。ただし、彼女自身が非情に個性的な味覚の持ち主で、イスカと向かい合って座っている彼は唐辛子ジャムを丁度切れてたんですよねと嬉しそうに受け取るイスカの姿まで目にしている。となれば赤いと言うだけでケーキ自体の味も一般のお店に並んでいるものとはかけ離れたものなのではないかと思えてしまうのも無理はない。
「いただきます」
 八雲がコーヒーカップを持ち上げて口元に運ぶ間に、イスカは手を合わせるとチェック柄の容器に手を伸ばしてフォークを手に取った。 フォークを手にしたのだからすることは決まっている。ケーキを食べるのだろう。実際に八雲の見ている前でケーキの角が削られ、フォークに載ったケーキの欠片はイスカの口元へと運ばれて行く。
「どうかしましたか?」
 2度目の質問。見られていれば何気なくを装っても気づかれるものなのか。とは言うもののここで「美味しいのか」等味を聞く言葉を口にしてしまったら……。

「はい、とってもおいしいですよ! 八雲さんもいかがです?」
 一口食べたイスカはそう切り返してくるかもしれない。そして真っ赤なケーキとイスカの組み合わせは辛いケーキを連想させる。疑心暗鬼と言う名の小鬼にまとわりつかれながら、八雲は相変わらず苦笑しつつコーヒーを喉へと流し込む。クリスマスという寒い時期だからホットーコーヒーは身体に染み渡って身体を隅々から温めてくれる。そして身体が温まると言えば……。

「香辛料ですよね?」
 ポーチを取り出すイスカの姿。何故か脳内が嫌な方、悪い方のイメージを勝手に想像し作りだしてくれる。無論、現実のイスカは不思議そうな顔をしつつも普通にケーキを食べているだけなのだが。
「いや、……ちょっとな」
 どうにも気苦労が絶えないらしい。八雲は再び苦笑するとコーヒーカップを傾け残ったコーヒーも喉の奥へ流し込んだ。
 



イラストレーター名:冴村あすあ