犬彦・一樹 & 月館・影嚮

●Graffiti Kingdom

 クリスマスパーティーのために解放されている、いくつかある教室のなかのひとつ。そこはパーティーに使用されずにひっそりとしていた。
 投げ出された長い足の持ち主は今は夢の中。
 もうひとりサインペンをもった少女が、今は夢の中の人物の顔を覗き込む。
 並べた椅子を寝床に犬彦はいびきをかきながら、腹を掻いていた。
「ん……」
 何かの気配を察知したのか、犬彦が夢の世界から戻ってくる。
 次第に合うピントの中に、少し離れた席にいる影嚮を見つけてはっきりと目が覚めた。
「あー、寝てた。隙を見せるなんてらしくねぇな」
 そんなことを言いながら、体を起こすと机の上、食べかけだったサンドイッチを掴みかじる。
 後は気の抜けたコーラで一気に流し込む。
「っしゃ。俺はバトロワとクラブにも出んだ、気合入れねぇとよ」
 一度大きく伸びをして気合いを入れながらも、少女の方に視線を向ける犬彦。
 そう出会いは学園祭。
 何となく気があった犬彦と影嚮はたまにこうやってツルむことがある。
 今日も午前中は一緒にイベントに騒いできた。しかし午後の予定はばらばらだから、軽い昼食をすませればきっと解散。

「……」
 さっきから妙な違和感を感じていたのだけれども、その違和感に気がついた。犬彦が目を覚ましてから影嚮が一言もしゃべっていないということ。しかも俯き、肩を震わせている。
 それは必死に何かを堪えているかのように見える。そうたとえば涙を堪えているのによく似ていた。
「う、うん……。何でもない。ほら、早く行かないと遅れるよ?」
 犬彦に不審がられているのに気がついたのか、俯いていた顔を上げてなんとか言葉を返す影嚮。影嚮の言葉に未だ不審を覚えつつも「小便」と、わざわざ声にだして戸口へと向かっていく。
「そいや言ってねぇな。――メリークリスマス。んじゃ、またってよ」
 そのまま戸口から出て行くだろうと思っていた犬彦が立ち止まり、影嚮に振り返る。そうして彼はまたすぐに前を向き、教室を出て行くのだけれども。
 その様子をやっぱり無言で見送った影嚮が耐えきれずに大きく息を吸い込んだ。

しんと静まりかえっていた廊下に、派手な笑い声と足音が吹き抜ける。
『てめぇ、影嚮! 俺の顔にラクガキしやがったな!?』
 男子トイレからの犬彦の怒声が響くけど、それはまた静けさを取り戻した廊下と教室に響くばかりだった。




イラストレーター名:如月 姫人