●Jingle Bells, Shotgun Shells
それまで警戒に走っていたベスパは、急に動かなくなった。
よくよく見れば、ガソリンメーターの残量は0を指している。
どこからどう見てもガス欠だった。
「ったく、何で俺が」
渋い顔をして、溜息混じりに一樹はベスパを押す。
イベントの打ち上げを兼ねて結社で行うクリスマスパーティ。その準備から逃れるのに成功したものの、代わりに動かないベスパと立ち往生している仁奈と出くわしてしまったのが運のツキ。
気付けば、荷物だらけのベスパを押して、結社まで歩くことになってしまった。
ハンドルに引っ掛けられたビニール袋が邪魔くさい。かちゃかちゃぶつかる瓶の感触が邪魔くさい。座席を占領しているケーキとチキンの箱が邪魔くさい。
どれもこれもが一樹を不機嫌にさせる。
更に極めつけは……。
「おい、勝手に俺のレスポールで遊ぶんじゃねぇよ」
振り返れば、ちゃっかり荷台に腰掛けた仁奈が、いつの間にやらギターをいじって遊んでいる。
「いぬぴこだってあたしのベスパ触ってるじゃん」
ぶーぶー。
口を尖らせて言う仁奈に、一樹は舌打ち1つ。
「好きでやるかよ。変な呼び方もやめろっての、このケツが」
「セクハラだ、訴えてやる!」
「大体てめぇのケツが重ぇんだよ!」
誰のせいだと思ってるんだと睨みつければ、仁奈は猛抗議。だが、言い返されて一樹も黙っているはずがない。
口論を繰り広げながら、すっかり日の暮れてしまった街の中を通り抜ける。きらきらと街角を彩るイルミネーションの輝きも、今や背中越しに言い合う2人の視界には入らない。軽やかに奏でられるクリスマスソングだって、その耳には届かない。
「……やってられねぇ。大体、てめぇは」
やがて、盛大に溜息をついた一樹は、不意にその足を止めた。
「なんだよー」
反射的に返した仁奈も、それに気付いて顔を上げる。
空から、白くて小さな物が降っていた。
「――雪だ」
思わず空へ手を伸ばす仁奈。そんな彼女の様子や、上から舞う雪とを一樹は見つめて。
「……ま、いいけどよ……」
なんだか、急に毒気を抜かれた様子で、小さく溜息をついた。
次第にうきうきしてきた仁奈は、じゃかじゃかと弦を鳴らしてクリスマスソングを弾く。
それを背に、一樹はベスパを押し続ける。まるで、赤鼻のトナカイがソリを引くかのように。
……さあ、早く帰ろう。プレゼントのチキンが冷めないうちに。
お腹を空かせて待っている、悪い子たちのために――。
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