●この想い 伝えることが出来たなら…
「……お前に話したい事があるんだが、ここでは言い難い事なんだ。この後、屋敷で待っていてくれ」
悠の頭の中をパーティー会場で言われたことがめぐる。
ふらりと足を運んだのは鮮やかに花が咲き誇る薔薇園。スタスタという足音が、後ろから誰かがついてきていることを教えていたが、誰何の声をかけるまでもない。悠が足を止めれば、後ろから聞こえていた足音も止まる。振り向けば、立ちつくしていたのは銀狼だった。ただ、互いの口からは何も言葉が出ず、明滅するイルミネーションと白く曇る息さえなければ時が止まったかと思われるほどに二人は静かで。
「……そのドレス、着てくれたんだな」
向き合ってどれほど経ったか、ようやく出た言葉も何処を遠回りしているのか出てこない。
「その」
焦れたように続けて銀狼は言葉を紡ぐ。
「……うん、よく似合ってる。綺麗だ」
「ん…………うん……」
が、躊躇しながらようやく言えた言葉もまた違うもので、頬を染めてぎこちなく視線を逸らした悠の返事で言葉は再び途切れ、静寂が場を支配する。
「……どうかしたのか? お前、今日は朝からおかしいんだゾ」
沈黙を破ったのは心配げな視線と共に投げかけられた悠の言葉。
「お前に言いたいことって言うのはな……」
その言葉にようやく呪縛を解かれたか。銀狼は足を一歩前に踏み出し、悠の肩に向けてそっと腕を伸ばす。
「っ」
伸ばされた腕は反射的に身を引いた悠の腕を掴んで引き寄せ、悠だけでなく度胸や自信と言ったものまでが外に逃げ出してしまわないよう優しく抱き寄せた。
「ダメだな。度胸には自信があるつもりだったんだが、どうやら思った以上に臆病者らしい。……この台詞は多分、一度しか言えない。だから……ちゃんと、聞いててくれ」
自嘲気味に苦笑して銀狼は短く息を吐くと、腕を緩め半歩下がる。その動作だけで顔を上げた悠の視線がぶつかった。
「俺は……お前が好きだ」
ようやく遠回りしていた言葉が口にたどり着いたらしい。
「悪い。いきなりこんな事を言って驚かせ……」
言葉を続ける銀狼が真っ直ぐ見据えた悠の表情は瞬きすら止めてしまっていた。
「何も言うな、バカ」
その表情に次の変化が起きるより早く胸に軽い衝撃を感じ、銀狼は飛び込んできたものを優しく抱きしめる。イルミネーションに輝やきながら、悠の頬を伝ったものがこぼれて行く。
「わかったから……もう、何も言うな……」
「ああ」
嗚咽混じりにシャツの胸元を引かれて、銀狼は相づちを打ちながら抱きしめる腕の力を少しだけ強めた。
咲き誇る薔薇の匂いとイルミネーションの光が二人を祝福するかのように二重に包んでいた。
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